岸辺露伴は触れない10 | ナノ



「…ッ…夢か……」

机に突っ伏して、背中に毛布を掛け、椅子に座ったまま眠りに落ちていたらしく、辺りはすっかり朝だ。

昨日遅くまで原稿をペン入れして、それから風呂に入って…歯を磨き、布団に入ろうとしたまでは、覚えいる。
 
――大好き。ろはんちゃん

不意にレイミの声が頭を過る。

そういえばレイミはどうしたんだ!?
近くに居ない。気配がしない。
もしかして…ー!

「レイミ!!」

「おはよう。ろはんちゃん」

一気に目が覚める。
何故なら、僕が望んでいたかもしれない展開が、そこにあったから。

「どうしたの?鳩が豆鉄砲食らったような顔して。寝坊助さんね」

クスクスと笑う目の前に居たのは、

杉元鈴美…ー


「レイミ、なのか…」

微かに窓から当たる朝日を浴びた彼女は、あの日をあのままと変わらない顔をして後ろで手を組み、笑っていた。


「ろはんちゃんが望む展開かな?」

「……っそんなわけ…ないだろ…?」

「泣いてるの?泣き虫さん」

必死に涙が溢れてくるのを手で拭い、まだ出てくる涙を抑え、グズッ…と鼻水を啜る。

僕は、人前では泣かない。
そう決めていたのに。涙が止まらないんだ。

出るだけ出て…やっと治まった涙を袖でグイッと拭い再び杉元鈴美を見る。触れてしまえば終わってしまうかもしれない恐怖を圧し殺し、彼女の頬に触れてみた。

人間らしい暖かさ…本物だ。

「これからは一緒に歳をとれるね、ろはんちゃん」

「僕より先に死んだら、許さないからな」


もちろんよ!
そう彼女は元気良く僕に微笑みかけ、僕に抱きつく。





これが望んでいたシナリオだと、あらためて気付かされた。






岸辺露伴は「杉元鈴美」に触れない。
         完