宇宙とはつまり君だ(コビー) | ナノ


毎朝必ず目が合う女の子がいる。…いや、ただ目が合うってだけなんだけれど、僕にとってはどうも気がかりな存在なんです。

・ ・ ・

ある朝。海軍本部の食堂は早朝から大勢の人で賑わっていて、厨房もてんやわんやの大忙し。僕はといえば朝食を乗せるトレーを持ちながら列に並んでいる間もそわそわと落ち着きがなく、ヘルメッポさんに指摘されてはごまかして、を何度もくり返していた。どうしてごまかすのかって、それは僕にもこの気持ちの正体がわからないから。
背伸びしたりして厨房を覗いてみると、ほら。また今日も視線がかち合った。調理場の隅っこで一人黙々とおにぎりを握っている、名前も知らない給仕見習いの女の子。

「おいコビー?早く前進めよ!」
「え?…あっ!すすす、すみません!」

痺れを切らしたヘルメッポさんに肘で小突かれる。気づけば僕のうしろは迷惑そうな顔がずらりと連なっていて、もう一度見た時には小さな背中はまたおにぎり作りを再開していた。
最近の僕の毎朝はこんな感じ。そんな僕を心配したヘルメッポさんがガープさんにげんこつを一発頼んでくれたらしいけれど、自分からは丁重にお断わりしておいた。アレを食らいたくないのはもちろんだけど、たぶんこれは、彼女以外の誰かがどうにかできるような問題じゃない気がするので。

ある夜。無数のいびきが響く医療棟の一角にて、僕は眠りにつこうと試みてベッドに深く潜っていた。今回の戦争によって僕の中で目覚めたこの“覇気”のせいで、こんな風に周囲の気配が気になって眠れない夜が続いている。目の下に隈が刻まれてゆく毎日だけど、自分で抑えが利かない今はこうして一晩をやり過ごすしかないのだ。また「仕方がない」と自分に言い聞かせながら瞼を閉じる。その時、薬品の匂いで満ちた空気が揺れたのを僕は鋭く感じ取った。
足音を忍ばせただれかの気配が、だんだんと近づいてくる。だんだんと距離をつめて、足音が止まった。僕のベッドの脇だった。息を潜めていた僕がゆっくりと顔を出すと、傍らでよく見る黒目がろうそくの灯りで淡く照らされていた。

「夜遅くにごめんなさい、夜食持ってきました。目が覚めてからろくに食べてないって聞いて…」
「…あ!えっと、あ、ありがとうございます」

まさかの人物の登場でうろたえている内に受け取ったお皿には、彼女が作ったであろう、少しいびつな形をしたおにぎりが2つ。早速手を付ける僕のとなりで、彼女はそばにあった椅子に腰掛けていた。
思っていたよりも幼い顔立ちしてるんだなあ、なんてことを考え始めた頃だった。…サカズキさんに殺されかけたそうですね。しばらくの沈黙の末に、睫毛を伏せていた彼女がぽつりと漏らした一言で僕は動きが止まった。海兵の間での話題は厨房にも届いていたらしい。ヘルメッポさんからその寸前、あの“赤髪”に命を救われたと聞いた時には僕も耳を疑ってしまった。きっと彼女は火花を散らす戦いに割って入った結果、海賊に助けられた間抜けな僕に呆れているんだろう。

「はは、情けない話ですよね」
「情けなくないです」
「!……え、え?」
「だって逆に考えると、今回の戦争はコビーさんのお陰で終わったようなものでしょう」
「それは大げさすぎじゃあ…」
「そんなとこありません。とにかくコビーさんは情けなくなんかないです」

すごく、たくましかったです。即答だった。あまりにも早く、そして予想だにしていなかった否定の言葉だった。たくましかったです…何度も頭の中で反響する声に、顔がやけどを負ったみたいに熱くなる。
彼女はあの毎朝見せる目で困惑する僕を射抜き、顔を伏せた。でも、もうあんな真似はしないでください。今にも消えてしまいそうなか細い声で彼女がつぶやいた。初めて見せられる優しさとか儚さとかの一面に、なぜだか胸の真ん中あたりが熱くて、苦しくなる。けれどごめんなさい。僕はいつか破るとわかっている約束はしたくない。

「ぼ、僕はある人に誓ったんです!いつか海軍の大将の座についてみせるって」

そう、僕は僕の正義を貫いていつかはその旗を、世界の頂上を目指す彼に胸を張って掲げなければ。そのための準備として今後、今回以上の無茶が必要になる戦いがきっと来るはず。だから彼女には申し訳ないけれど、僕にとってこれは無理な相談なのだ。

「でも死んじゃったら誓いも何もないじゃない!!」

それまで穏やかだった彼女がいきなり声を荒げた。僕は思わず口の中のおにぎりを飲み下す。だれかのいびきが一瞬だけ止まり、また思い出したように元通りになった。
怒らせてしまったのか。いいや、たぶん違う。

「もしコビーさんが死んでしまったら…私はこれから」

ぎゅうっと握られたエプロンに雫がいくつか落ちて染みを作った。頭を持ち上げた彼女が、涙の膜で覆われた瞳で僕を捕える。一体何なんだろう、この体のあちこちが痺れるような感覚は。胸の奥で動き回るもどかしさの正体は。彼女の涙を拭いたくなる衝動は。

「だれの無事を祈りながらおにぎり握ればいいんですか」

この胸に潜む気持ちについては、きっともうしばらく首を傾げることになるんだろう。でも僕はとりあえず、明日もこのおにぎりが食べれればそれでいいと。帰りを待っていてくれる彼女がいてくれたらいいと願うのです。

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