不思議なことに、どんな学校にもほんの一握りだけ、美男美女という生物が存在するものらしい。 時には日々勉学に励む私たちの糧となり、はたまた彼らに対する好意がぶつかり争いを招く火種にもなり得る。そんな生徒が音駒にもいた。休み時間にずかずかと二年生の教室に踏み込んできて、私の机の左脇にいるまさにこの人がそうだ。 やだあ、クロ先輩まじかっこいいんですけど!遠巻きにその背中を見守るクラスの女の子たちが手を取り合って沸いている。“クロ先輩”とは、もともと黒尾先輩が所属してるバレーボール部でのあだ名だ。それを彼女たちがいつの間にやら便乗して、今では流行語みたいな頻度であっちこっちで耳にするようになっていた。 塵とほこりと女の子は、よく隅に溜まりやすい。となりの席の研磨と駄弁っている黒尾先輩は、後ろ頭に注がれているその熱視線の束にお気付きないのだろうか。虫眼鏡に例えるならそろそろ焦げ始める頃合いだと思う。 じゃあな、とようやく話を切り上げて動きを見せた黒尾先輩の長いコンパス。一挙手一投足にいちいち反応してしまって、シャーペンの芯がまた音を立てて折れた。さっきから研磨の宿題を写す作業がはかどらないままノートの上に残骸ばかりが増えていく。ちなみに言うと私も一握りの指の隙間からこぼれた彼女たちの一員に過ぎないわけで。興味薄そうな振りしてもされど花の女子高生、イケメンに心が揺らがないはずがないのだった。 まあもちろん、せっせと小細工してるようなバカには目も暮れず目の前を横切っていった黒尾先輩。空回りする心臓にちょっぴり虚しさを覚えつつ、私は真面目に宿題と向き合おうとシャーペンを握り直す。 クロせんぱあい。ふと、黄色い声にまみれていた教室が濁りを見せた。べったりと腕に絡み付いて先輩を引き止めているのは音駒でも指折りの可愛さを誇るメイちゃんだった。メイちゃんはこんな顔して裏ではとんでもない性悪女と女の子の間で有名だから、黒尾教徒のみなさんの視線はたいへん刺々しい。けれど二人の組み合わせがあまりにも絵になってるから、誰も割って入れずに地団駄踏んでる。悔しいなあ。先輩も先輩で、猫なで声で擦り寄るメイちゃんを振りほどきもしないで好きにさせている。 「男って何でああいう子に引っ掛かるのかな」 「うん」 「うんじゃないわバカ」 研磨は研磨で私の話そっちのけにしてスマホ相手にゲームばっか。ふてぶてしい顔に頬杖ついて、私からもささやかながらじっとりと湿った視線を送る。メイちゃんはそんな負け犬の牙なんか気にもせずに先輩との談笑にふけっている。にこやかな笑顔なんか返しちゃって、これはもういつ蜘蛛に食われてもおかしくない雰囲気だ。 広げたノートの上に力なく突っ伏す。不公平なことに、美男と一般人はどう足掻いても相容れない生物らしい。するとほんの16年だけで社会の格差を目の当たりにした気分になっているそんな屍にぽつり、となりでつぶやく声。 「自分が認めたやつ以外にはクロって呼ばれたくないんだって」 …呼ばれたくないって、誰が。研磨の言葉にゾンビよろしくむくりと起き上がって、となりの横顔をまじまじと見つめた。相変わらずその目は液晶に釘付けである。 それ、本人が言ってた話?そう問い詰めようと開いた唇を授業開始のチャイムが塞ぐ。メイちゃんは袖口を伸ばした手を振って黒尾先輩を見送ると、さっさと席に着いて爪を眺め始めていた。 彼もまた、貼り付けた笑みの下に何かを隠してる。その得体の知れない不気味さにしばらく胸が騒いでやまなかった。 |