初めて使うマニキュアは、ひどく魅力的な匂いがした。 小瓶に詰まったキラキラに誘われて、その色をそっと爪の上に乗せてみる。ひやりと冷たい感覚に心臓は震えたまま、ピンク色の貝殻みたいだった私の爪はみるみる内にビビッドカラーに染まっていった。ちょっとだけ指先がオトナの世界に触ったような、そんな気がした。 「ねえねえ虎丸、見て見て!」 「んー」 「んーじゃない、ほら」 「わっ!ちょっと、ひっつかないでよ!」 となりで寝転がってサッカー雑誌を読みふけっている虎丸は、私と少し年の離れた幼なじみだ。昔は「ねーちゃんねーちゃん」とサッカーボールを抱えて私のあとをついて回り、それはもうかわいいとしか言い様がなかった彼、宇都宮虎丸。けれど。近頃はすっかり身長も伸びて、ちょっと生意気でませた小学生へと変貌を遂げてしまっていた。 うつ伏せになった虎丸の上に、重なるように乗っかる私。端から見たらまるで親子亀のような体制で、私はサッカー雑誌と虎丸との間に飾りつけた爪たちを割り込ませる。すると、照れ隠しに今までじたばたと暴れていた虎丸は急に糸が切れたように静かになってしまった。 「じゃーん」 「……」 「どう?おしゃれじゃないこの色」 「……」 ねえねえ褒めてよ! 虎丸の持つ真ん丸い瞳に焼き付くように、ひらひらと顔の前で爪を踊らせる。年下に褒めてとねだるなんて、これじゃあ私と虎丸、どっちが子どもなんだかわかんないなあ。 と、私がそう考えている内の彼の動きは速かった。雑誌のページの端っこを摘んでいた指が私の手に張りついたかと思うと、虎丸はまだ乾き切っていない爪の彩りを無理やり拭っていったのだ。「ああっ!」と声を張り上げたってもう遅い。小さな指が這った爪は色が剥がれ落ち、オトナの世界には1歩といわず100歩くらいは優に遠ざかってしまった。 「何するの虎丸!こらっ」 「……」 「返事しなさい!」 その辺に転がっていたクッションを引っ掴み、ぼすっと顔を埋めた虎丸はいよいよシカトを決め込み始めたみたいだ。後頭部をはたいても何の反応も示さない彼に、私は呆れ返っていた。なぜ虎丸はこんなことをしたんだろう。下敷きにしている小学生の考えがまったく読めない私は、残念な完成度になってしまった爪を掲げた。色の剥がれた10枚の爪。その時、ぼんやりとだけど答えが見えた。 「あと2年くらい、早く生まれてきたかった」 そうつぶやいてむくれる虎丸に、私は頬を寄せてぎゅうっと抱きついてやる。まだまだ私より小さな体は、細っこくて温かい。不恰好になってしまったけれど、オトナな気分に浸るのはまだまだしばらく先でいいや。今は虎丸が寂しがらないように、一緒に子どもの時間を過ごしてあげよう。後戻りができなくなる前に、嫌というほどに。 企画:きみのなまえさまに提出 |