サヨナラ三角またきて四角 | ナノ


「…どの面下げて来たのあんた」
「え〜 うーん、僕わかんない。ユキ、どの面?」

玄関の先にいたのは忘れもしない、先日人の庭でバカ騒ぎしていったあのハルとかいう宇宙人だった。
朝っぱらからじっちゃんに叩き起こされた私にとって最悪な寝起きである。あれだけ迷惑かけといて、私を全身ずぶ濡れにしておいてよくもまあのこのこ顔を出せるものですね、という皮肉を込めて睨んでやっても頭のネジがゆるんでいるこいつには通用しないんだから、なおさら私は不機嫌になる。後ろに隠れている知らない赤毛には意味もなく効果てきめんなのだけれど。
「なんだ名前、そいつら友達か」そんな私たちがいる玄関に、奥からじっちゃんが顔を出した。本人は当然そんなつもりは微塵もないのだけど、強面も後押ししたその威圧感に赤毛は小さく悲鳴を上げている。

「は!?いや、別に友達じゃ…」
「うんっ!僕たち名前の友達ー!」
「はあ!?ちょっと!」
「そうか。じゃあまあ上がってけや」

またこいつは余計なことを…靴を脱ぎ捨てて遠慮なくじっちゃんの後ろに続くハルを追って、挙動不審な赤毛も律儀に靴をそろえて奥に消えていく。二人を家に迎え入れたじっちゃんに今さら友達なんかじゃない、とは言い出せず、私も不服ながら玄関を後にした。


「で?ほんとに何しに来たわけ?」
「あ あの、これ…」
「んじゃじゃーん!夏休みの!宿題っ」
「げっ」

昨日のすいかに麦茶、そして煎餅。決して表には出さないけれど、じっちゃんの盛大な歓迎ぶりは私には見て取れた。まさか私の友達が家を訪ねてくるなんて思ってもみなかったんだろう(軽く失礼だと思う)。こいつらが友達っていう点は勘違いしてるけど、それにしても台所ですいかを切る背中があんなに嬉しそうだったのは初めてだった。
静かにすいかをかじっていた赤毛が取り出したのは、夏休みの学生にとっての敵である課題がまとめられた茶封筒。「僕たちセンセーに頼まれたんだー。ねっ、ユキ!」まあ、所詮そんな用事を果たしに来ただけなんだろうと踏んではいたけれど、私は予想通りの展開に自分の中の温度が下がるのを感じた。っていうかつまりはこいつら、私と同じクラスなのか。その結構な厚さに顔をしかめた私に、おしゃべりな口のまわりを汚しながらハルは話を続ける。

「ほら、ユキもちゃんと名前にあいさつ!」
「えっ」
「あーいーさーつー!!」

ハルの一言で、互いに机を挟んで正面に座っていた私たちはばちりと目が合った。少し気まずい中、震えた声がかろうじて耳に届く。「真田ユキ…です。よろしく…」うちの家はエアコンがない代わりに、扇風機が毎日フル稼働している。それでもまだ暑いのか、赤毛もとい真田の顔を伝う汗の量はなぜだか尋常ではなかった。
「暑い中わざわざご苦労さん。はい」上っ面だけの労いの言葉を送り、麦茶を一口含みながら目の前に差し出した手。一瞬固まったもののすぐに理解してくれたらしい真田。昨日あんな惨事を起こしたハルとは大違いだと感心した私だったけれど、生憎手に触れたのは私が望んだものではなく、少し汗ばんだ温かい人肌だった。

「ちょっ、握手じゃないってばバカ!宿題ちょうだいよ!」
「えっ あ…ご、ごめ…!」

思わず振り払ってしまい、宙をさ迷う真田の右手。しかしすぐに罪悪感を感じて私こそ謝ろうと口を開きかけた。するとそれまでの挙動不審な動きにさらに拍車がかかったかと思えば真田はみるみるうちにじっちゃんとも張り合えるようないかつい表情に変わっていた。お、怒らせてしまったのだろうか。裏返った声が家の中に響き渡る。

「おっ おおお俺!これで失礼します!お邪魔しました!!」
「ええ?ちょっと真田?」
「あ〜!待ってよユキー!」

いきなり畳の上から立ち上がった真田は、ものすごい勢いで廊下を横切ると玄関を飛び出していった。ハルも後を追って、靴を履くのに手間取いながらも外へ出てゆく。
「ねえ名前!」不意に立ち止まったハルが私を振り返った。

「名前はなんで学校来ない?」
「……何でもいいでしょ。別にあんたに関係ないじゃん」
「え〜!やだ、僕知りたい!」

ずきりと胸が痛む所を突かれた私は、納得いかない、という様子で駄々をこねるハルの姿を玄関の戸を引いて遮った。「名前!ねえってばー!」都合が悪くなると逃げ出してしまうのは私の悪い癖だ。私を呼んでいる声に背を向けてこの場をやり過ごす。「名前!」私を呼んでいる声に耳を塞いだ。引いた一線には誰も踏み込ませてなんかやらない。それがたとえあんたみたいな宇宙人だとしても。
しばらくしてから静かになった外を覗き見てみると、もうそこにハルはいなかった。

後から居間に戻ると畳の上には茶封筒がぽつんと残されていた。私は濡れた頬を拭いながら、皮一枚だけになったすいかや飲みかけの麦茶を片付けた。

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テーマ「人外ファンタジー」
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