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わたしが最後に見たのは、赤い煙を漂わせて海の底へ沈んでゆくおかあさんの姿。それからは覚えてない。目が覚めたら、朝なのか夜なのかもわからないこの四角い空間にいた。ひとりきり。おかあさんがいない。戸惑いながらぐるぐる泳ぎ続けているわたしを、彼は箱の外から眺めたまま動かなかった。

「おかあさんはどこにいるの?」
「…お前の母親はひどい怪我をしてる。今は会えない」

いっさいの光も宿さない、冷たい深海のような色をした瞳が私の姿を映す。あの赤い煙が脳裏をかすめた。透明な壁越しの言葉にじわりと涙が浮かんで、満たされた水に溶けて消えた。おかあさん。おかあさん。流れ込んでくる寂しさが次々と目を通って溢れだす。泣き出した私の声を遮るように、彼は口を開いた。

「だが、お前がここで働く姿を見れば…いずれ元気になるかもな」

沈みかけた海に射し込んだ一筋の光。その言葉に目を輝かせた私に、彼はにこりと目元を歪ませた。
明るさを取り戻し、そこら中を泳ぎ回る私は知ることもない。彼の薄っぺらな笑顔の下に潜んだ、欲に塗れた感情も。海の底に消えたおかあさんの存在も。動かない体に鞭を打ち、今日も私はガラスの檻の中で見えない明日を待っている。
朝はまだ来ない。


剞族館行ったら書きたくなったんだけど雰囲気暗くなってしまった

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