君に恋する携帯電話
ま、巻ちゃんが……!! あの巻ちゃんが!!
声にならない叫びをあげる俺に振ってきたのは、荒北の怒声と一発の拳骨だった。
『もしもし』
「!?ん、んん??」
事の発端は、一本の電話だった。 いつも通り、練習の合間に携帯を手に玉虫色の友人に電話をかけた。今日は、確かオフだと言っていたしな。
この時間でも問題ないだろうと踏んでの電話だった。巻ちゃんのことだ。面倒くさいと思いつつも、俺の電話を無下にはしまい。
『東堂君だよね?ごめんね、裕介、寝たとこなんだ。起きたら、後でかけ直させるから、今はいいかな?』
「そ、そうなのか……。そ、それは、すまんね。邪魔をしたな」
ま、全く状況がのみこめんのだが。俺が今電話している相手は、女子だ。それは間違いない。しかも声だけで、教養があり、品行方正であるのが伺える。大和撫子といわれても、成程、と頷けるほどに。
とても穏やかな話し方をするな。
この俺が臆してしまうとは。
『ううん。いっつも裕介の事、気にかけてくれてありがとうね。一度、貴方に直接お礼言いたかったんだ』
「っ!?お、俺が巻ちゃんを気にかけるのは当然だろう!この山神東堂と山で対等に勝負できるのは、巻ちゃんだけだからな!!」
『ふふっ。そうね。裕介もきっと、そう思ってるわ』
裕介、と親しげに巻ちゃんを呼ぶ電話の向こうの彼女は、一体巻ちゃんとどういう関係なのだろうか。恋人か?いや、でもそんな話、巻ちゃんから聞いた覚えがない。そもそもアイツは、女子にさほど興味がないようだったぞ。
ああ、あれか、幼馴染というやつか!それなら、巻ちゃんの携帯に勝手に出ても何ら問題ない関係だ。
「名前を聞いてもいいだろうか?」
『あ、ごめんなさい。名乗ってなかったね。貴方と同い年で、総北三年生の姫です』
「姫……」
『そう。よろしくね。たぶん、そう遠くない内に、会えると思うわ』
「そ、そうなのか?」
会いたい、などとは思ってないぞ。いや、少し興味はあるが……、いや、でも、俺は断じて、一人の女子を特別に思ったりはしない。それが、友の大切な人であるならば、尚更だ。
『ええ。もうすぐインターハイでしょう?』
「く、くるのか!?」
『クスッ。ええ、行くわ』
しまった……。 声が弾んでしまったのは、自分でもわかった。無意識の時ほど、本能に忠実な己が今は酷く妬ましい。
どうにも、彼女は、俺を放浪するのが上手い。というよりも、大人だ。本当に同い年なのか?
「では、会えるのを楽しみにしている」
『ええ。あ、電話で話したことは、裕介に内緒ね?私、怒られちゃうから』
「あ、ああ。承知した。他言はせんよ」
『ありがとう。じゃあね』
隠し事。 巻ちゃん相手に隠し事は、あまりいい気分ではないが、きっと彼女にも色々あるのだろうから、ここは男だ。口にしたことは絶対に守ってみせよう。俺は口が堅いからな!
一人、自己完結していれば、電話口でちょっと慌てたように電話を切ろうとする彼女の声が遠ざかっていく。
これもまた無意識だった。
「あ、姫!」
『ん?』
思わず名を呼んで引き留めた数秒間。 優しく穏やかな彼女の声をまだ、聞いていたかったが、それは叶わなかった。
『東堂君、インターハイでね』
「あ、ああ。待っているぞ!」
結局何も言えぬまま、通話は切れた。 その日、練習が終わり、寮に帰って暫くしてから、珍しく巻ちゃんから電話がかかってきた。
本当にかけなおさせてしまった。 巻ちゃんも、女子には弱いのだな!
電話越しに (東堂、姫と何か話したのか?) (寝ているから、後でかけ直させると、それだけだったな) (ったく……。悪かったッショ。出られなくて) (!ま、巻ちゃん!!) (……。何ショ) (俺は感動したぞ!) (何にだよ!)
2015.11.02 編集20.01.12
▼ ◎
|