無意識のゼロセンチ
もくもくと聞こえてきそうな煙。ピンク色に視界が染まり、ぱちくりと瞬きを繰り返す。
「おま、え……な、あ……マジか」
「………」
さらり、と銀髪がたれる。 頬を掠めるくすぐったさと、じゃらり、と垂れる銀の鎖が肌に触れてキンと冷えるのを感じて、ぶるりと身体が震えた。
背面は、壁。 顔の横には、逞しい腕。
息がかかるほどの近さに端正な顔。
でもそれは、よく知る男のものだった。
「あ、十年バズーカ……」
「おー……そうなるな」
はあ、と盛大な溜息をついた目の前の男は、スッとあたしから離れると、「あのアホ牛、あとで果たす」なんて物騒なことを言うと、ベッドに脱ぎ捨ててあったシャツに袖を通した。
ん??
「何で、服……」
「………気にすんな」
「ていうかね!隼人だよね!?」
「……俺以外にお前にせまる男がいンのかよ」
「いや、あの、そういうんじゃなくってさ!」
待って待って。 あたし今何してたっけ?隼人のマンションで、廊下歩いてるときに、どこから現れたのか、ランボに偶然ばったり会って、で。
つまりは、ここ十年後? ん?でもでも、ここ十年後なら、あたしは、十年後も、隼人の傍にいるって、そういう意味でとってもいいの?
ていうか、隼人は、何でこんな眩しいくらいのイケメンに成長してんの!?色気!?これ、男の人のフェロモン!?
頭を抱えて百面相中のあたしに構うでもなく、立ち上がった彼は、部屋の中にあるキッチンに向かうと、換気扇を回して、その下で煙草に火を点けた。
「姫」
「は、はい……」
「お前どこにいた」
「え?」
「十年前、どこにいたかって聞いてんだ」
「らんぼと廊下でドッキリ?もう少しで、隼人の部屋の前だった!」
「……そうか」
今の間は何だ。 そして、どうして目を逸らしたの?
てゆーか、あたし、どうしたらいいの?
色々パニックなんだけど、隼人気づいてる!?
「五分経ちゃ、戻る。そんな百面相してねぇで、大人しくしてろ」
「……隼人、さん…」
「はぁ?」
何がさんだ、気持ち悪ぃな、なんて眉間に皺寄せてらっしゃる十年後の隼人は、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出したかと思えば、それをぽいっとあたしに向けて放った。
慌ててキャッチすれば、それでも飲んでろ、と一言。
何だろう。 隼人、何かちょっとぴりぴりしてる?
怒ってるのかな。
「は、隼人……」
名を呼べば、視線だけこちらに向けた彼は、やはりちょっと怒っているみたい。
「お、怒ってる……?」
「!……あー、違ぇよ。お前に怒ってんじゃねぇから」
恐る恐る聞いたあたしに、面食らった顔をしたかと思えば、くしゃっと髪をかきあげて、煙草をもみ消すと、あたしの傍に戻ってきた。
ベッドの上で正座したままだったので、とりあえず、体育座りする。
「お前と会えンの久しぶりだったんだ」
「え……?」
ぽんぽん、と頭を撫でてくれる隼人の顔が一瞬寂しそうに陰って。それから、あたしを軽々と抱え上げた彼は、そっと自分の膝の上に乗っけて、ぎゅっとしがみついてくる。
正面から抱き合う形で、自然と胸の位置に顔を埋めてる隼人は、何だか甘えん坊の子供みたいで。
「十年前ってこんなだったか」
「?……今のあたしってどんな感じ?」
「!……まあ、色々あったからな」
どこか釈然としない返事。 傷ついたような、儚気な顔をして見せる隼人は、これ以上、先の未来については聞くなと、そう暗に告げているように見えた。
「ねえ、隼人」
「ん」
「隼人は、今も昔も、あたしの事好き?」
「ああ、そうだな。お前の時代の俺も、この時代の俺も、それはたぶん変わんねぇ唯一の気持ちだな」
「あ…っ」
ドストレート過ぎる返事に、一切の迷いがなかった返事に言葉に詰まる。だって、あたしの知ってる隼人なら、何言ってやがんだ、なんて言って突っぱねるに決まってるもん。
ど、どうしよう、と目のやり場に困り、きょろきょろと周りを見渡していれば、スッと伸びてきた彼の手が、あたしの頬を包み込む。
「は、やと…?」
「十年前でも、お前はお前だしな」
「え?」
「もう、過去の俺とはヤってんだろ?」
「っ!?」
髪を耳にかけて、お色気全開の十年後の隼人は、さらりと爆弾発言。瞬間、顔が沸騰するように熱くなったあたしは、俯いて、隼人の肩口顔を埋める。
そうすれば、くくっと頭上で忍び笑いがもれてきて。
「馬鹿、しねぇよ。流石に、過去の俺がキレそうだからな」
お前に、と続く言葉に、あー確かにとか思ってしまう。
「まあ、こっちくれーはいいだろ」
「え……んっ」
顎に手がかかったかと思えば、グイッと上を向かされて、そのままこの時代の隼人の唇が重なる。さっきまで吸っていた煙草の苦みが口に広がって、くてん、となるまで続いたそれに、抵抗する気力も失って、最後には隼人の腕の中に倒れ込んだ。
「隼人のエッチ…っ」
「おあずけくらった俺の身にもなれよ」
「そ、そんなの、あたし知らないもんっ」
五分経ってんだけどな、なんてぼやきつつ、あたしを離す気はないようで、隼人は手持無沙汰にあたしの髪を弄んでる。上がった身体の熱が、どうしようもなくなってくるあたしのことなどお構いなしに。
そういえば、一回きり隼人は何もしてこないな、なんて考えがよぎったり。
「向こうの俺とずっとシてねーだろ」
「なっ!」
「物欲しそうな顔してんぞ」
「し、してないもん!」
考えてることがもれてたのかみたいなタイミングでの隼人の言葉にバッと勢いよく顔を上げて抗議するも、それが図星だと宣言してるようなもので。
少し考えるようにしてから、彼は口を開いた。
「あれか。十年前っつたら、お前がこっちに来てまだ間もない時か?」
「うん?うーん、一か月経つ経たないくらい?」
「……あー、そりゃ、あれだな」
「あれ?」
「過去の俺は悪くねぇ。寧ろ頑張って耐えてる方だ」
「え?」
歯切れの悪い言い方。 何を思い出したのか、ちょっとイラッとしたようなしないような顔に、首を傾げるしかない。耐えてる?何を耐えてるんだろう。
「お前、あっち戻って、俺を煽るようなことすんじゃねぇぞ」
「え?煽るって……っん」
「――そーゆー顔」
ちゅ、と首筋に触れた唇にぴくりと反応する身体。それを見て、そんなこと言う隼人は、どこか楽しそうに笑ってる。何か悪戯を思いついたような顔に、え、と見つめていれば。
「まあ、もうあと数日我慢してろ」
「え?」
「そうしたら、夜も眠れねぇ日が続く」
「なっ!?」
耳元でそっと囁いた一言に、姫うろたえた瞬間。 ばふん、という音とともに、戻ってきたこの時代の姫は、目をぱちくりさせてから、抱いている俺の頬に手を伸ばし無遠慮に触ってくる。
「オイ」
「あ、隼人元に戻った」
「あっちの俺と会えたのか?」
そう問えば、こくりと頷いた姫。そして、次の瞬間には、自らその唇を重ねてきた。柔らかいその感触を受け容れるように目を閉じれば、スッと離れていく体温。
「ねぇ、隼人」
「ん」
「あたしって、愛されてるね」
「……ったりめーだ。今頃気が付いてんじゃねぇよ」
照れたように笑う姫が、過去で何に気づいたのかは知らない。でもそれはたぶん、今あっちに戻った姫が、これから直面して、こっちの俺に言われた言葉の本当の意味が分かる事と同じだろう。
俺が、過去、あの頃に、何で、手を出すのを我慢していたのかを。
過去も現在も未来も (あ、隼人だっ!) (……やっと戻ったか) (あのね、隼人何か我慢してる?!あたし何かしちゃってる!?) (!ッチ。現在進行形でな(余計な事吹き込みやがったな) (えっえーっどうしたらいいの!) (こうしてりゃ、いいんだよ)ちゅ。 (んっ) (!……お前、十年後の俺とキスしただろ) (!……し、してない) (嘘つけ!浮気しやがって!) (は、隼人は隼人じゃんかーっ)
20.01.12
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