必要なのは、愛
話には聞いていた。嫌な噂も、あの頃とは全然違うアナタの冷たい瞳も――。
バスケを好きだと笑っていたアナタはもう、いないんだとそれを痛感して、それが私のせいなんだと思ったら、おちおち寝てもいられなかった。
鉄平君から届いた一通のメールには、まだ真と楽しくバスケを一緒にやれることを諦めたくないと、きっとアイツもわかってくれる日が来ると思うから。
俺は俺のバスケで今日、たたかうよ、と。
そのメールを見て私は今日足を運んだ。正直まだ足はしっかりと動いてはくれない。それでも、前よりずっと私は一人でこの地を踏みしめることが出来るようになったんだよ、とアナタに見てほしかった。
もう、私の事でそんな楽しくもないバスケをしないでほしいと思ったから。
この足が駄目になった時、アナタを私の試合に呼んでしまったこと、何度悔いたかわからない。目の前で名前を呼ぶアナタの声が、必死になって私の身体を抱き起すアナタの優しい腕の温もりが、今でも鮮明に思い出せるのだ。
『姫!!』
『ま、こ……っ』
『おい、しっかりしろ!姫っ――許さねぇ!ぜってー!』
『だめ、』
ラフプレイなんてその時に始まったものじゃなかった。だけど、徹底的に潰しに来る相手に真っ向から立ち向かえるほど、私は強くなかったのだ。押されればよろけるし、足をかけられれば転倒もする。
審判の目を盗んで肘つきを身体にもらっときには、胃の中から逆流しそうだった。それでも耐えて、耐えて、私たちのバスケで勝とうと、そう頑張っていたのに。
リング下の事故に見せかけて、私の足は複雑骨折をした。もう二度とまともに歩けないとまで言われて、絶望の中、アナタさえ遠ざけてしまった。
『姫、散歩でも連れてってやるよ』
『いいよ、今日は疲れてるの……』
『いつまでも引きこもってたって、どうにもなんねーだろ。たまには外の空気――』
『放っておいてよ!!』
どうせ、なにしたって私の足は元通りに動かないんだから。
苦しかった。辛かった。 大好きなバスケを取り上げられた私の前には、まだそれをプレイできて才能にも恵まれた人がいる。
そんな彼が、私の看病に当る為だけにバスケ部を休み続けていること。気を遣って、バスケの話すらしないこと。
ただ、ただ私の傍にいてくれる毎日が、彼を縛り付けている自分が、大嫌いだった。
ただ、解放したかっただけだったのに。
何がここまで彼を追いつめて、私と彼がもっとも嫌悪したラフプレイを自らするようになったのか。
ブー――― ボールが綺麗な弧を描いてリングに落ちる。誠凛高校の勝利で試合は幕を下ろした。私の足は、自然とコートへと向かい、小さな背中を見つけて足を止めた。
「よお」
「久しぶり。今日は、呼んでくれてありがとうね」
「いや、このくらい何でもないさ」
真っ先に気が付いてくれたのは、鉄平君。誠凛の皆さんが訝しそうにこちらをみやるのに小さく会釈して、そっとこちらを見て固まっているアナタの元へと足を運んだ。
「真」
「!――っ」
真っ直ぐ彼の方を見て、はっきりと彼の名前を呼んだ。ついていた松葉づえをその場に放り出して、自分の足だけであと少しの距離を詰めようと歩みを進めれば、ハッと我に返った彼が慌てたように私の身体を支えに来る。
久しぶりの感覚に、心がほっと温かくなるのを感じた。
「大丈夫だよ、少しくらい」
「………」
「あのね、私歩けるようになったの」
「え……」
少しだけど、とそう言って笑えば、アナタの顔が辛そうに歪んだ。
「やめよ、もう」
「………っ」
「私ね、真とバスケ出来るように必死でリハビリすることにしたの。だからね、もうやめよ」
「ふざけんな、今更。やめろだ?何をだよ。やめて何が残る?なあ、お前は俺から離れて行ったし、お前の足は二度と治らねぇ!お前は何も悪くないのに!!俺からお前を奪ったバスケなんざ、今更俺に何の価値もねぇんだよ!!!」
違うよ。 私の心は離れてなんていってない。 私はずっと、今でも変わらずアナタが好きなんだもの。
「私は、真の傍に居ちゃだめなの?」
「はあ?」
「私が帰る場所はもう、なくなっちゃったかな」
「!――っの、くそアマッ!」
暴言はくくせに、ぎゅっと私の身体を抱く彼の腕は優しくて、肩に埋まる彼が可愛いなんて、そんな風に思ってしまうほど、私は彼が今でも大好きなのだ。
「やめる?」
「……ん」
「よしっ」
「けど――」
「え……んっ!」
お前の事イジメてやる。 唇を奪った彼の顔は悪戯に歪む。ああ、ほんと、少し離れてる間に、何だかとっても危ない人になってしまったようだ。
でも、そこもきっと好きなのです。
ただいま、おかえり (き、木吉先輩、あの美人誰っすか!?) (え、あの花宮とき、きききすっ) (ああ、姫ちゃんは、花宮の恋人だ。アイツを改心させるには彼女が適任だと思ってなぁ) (いやいやいやいや!あの花宮のどこに惚れる要素が!) (そりゃ、お前、俺に聞いてどうする。直接本人に聞けばいい) (や、無理っすよ!)
(んだよ、うっせーな。人の女ジロジロ見てんじゃねぇぞ) (ね、一人で歩けるってば!!) (俺はさっさと帰ってお前と二人になりてーんだよ) (や、でも、なんか今の真と二人になりたくない!) (はあ?誰が逃がすか。離れてたぶん、たっぷり可愛がってやるよ、姫) (う、うっわ、や、!おろしてー!)
13.12.15 編集20.01.11
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