独り残され幸せだとでも?
「姫ちゃん、…姫…」 「ん……」 「こんな所で寝てたら風邪引くよ」
労咳である僕と一緒に江戸に残ると言ってくれた彼女は、自分の睡眠時間も削って僕の看病にあたってくれている。正直、そこまでされると彼女の体調が気にかかって休むどころの話じゃなかった。
僕の褥の横、冷たい畳の上でうずくまり眠っている彼女の身体を揺する。これじゃあどっちが看病してるんだか分からないよ、姫。
「総司……、どっか苦しい…?」 「!──大丈夫。今はどこも苦しくないよ」
まだ眠気眼の姫に微笑みかけてそう言えば、ふわりと微笑んだ彼女は、また夢の中に誘われ瞼を下ろした。直ぐに聞こえてきた静かな寝息に小さく溜息をこぼす。
「ねえ、君は僕と一緒に逝くつもりなの?」
姫の柔らかくて艶やかな黒髪を撫でながら、聞こえてはいないだろう彼女に問いを投げ掛ける。口にだして見て初めて、愛しい彼女を一人残して逝かなければならない事に胸が張り裂けそうな思いがした。
──離れたくない、放したくない。
やっと見つけた僕だけの天使みたいな女の子を、誰より笑顔の似合う彼女を、僕がこの手で幸せにしたい。
──君が僕以外の男と笑い合っている姿なんて見たくない。
「──…」
沸々と沸き起こる醜い嫉妬心が心の中を黒く染めていく。こんな自分じゃ、純真で真っ白な彼女を汚してしまいそうで、それが酷く恐ろしいことのように思えて、彼女の髪から手を離した。
「──もう撫でてくれないの?」 「!──」
その瞬間、パチッと開いた大きくて丸い黒い瞳が驚く僕を映し出した。一体、いつから起きていたのか、軽く伸びをして身体を起こした彼女は、僕に向き合う形で座り直した。
「わたし、総司に頭撫でられるとふわふわして気持ちいいの」 「──」 「安心するから大好き」 「!──」
ぎゅっとしがみつくように抱き着いてくる姫は、僕の胸板に顔を埋めた。擦り寄るように頬を寄せる彼女の温かい体温が僕の心に小さな波紋を呼ぶ。
「──心配しないで。わたし、ずっと総司と一緒にいるから」 「僕、不治の病なんだけどなー」
波紋が広がる。姫の声が届く度に僕の心が澄んでいくような気がした。だけど、それじゃダメなんだよ。
いつものようにおちゃらけた雰囲気で重苦しい話にならないようにそう言えば、背中に回っている姫の腕に力が篭った気がした。
「──じゃあ、総司が死ぬ前にわたしを斬って」 「!──斬ってあげない」 「なんで!わたしはっ!」
顔を上げた姫の唇に人差し指を当てがう。二の句を繋げなくなった姫は、じっと僕を見つめたまま動かない。
「君を殺してまで僕で縛り付けたくない」
──違う。僕は何があっても君と離れたくない。
「君には君の人生を歩んでいってほしいんだ」
──本当は君の隣にいるのは僕なんだ。君と一緒に生きたいと、誰よりも願った僕なんだ。
「──わかった」
長い沈黙の末、僕の瞳を真っ直ぐに見つめて頷いた彼女の言葉に一瞬走った胸の痛みは、僕の心が上げている悲鳴なのかもしれない。だけど、いいんだ。
君が見ている現在(いま)の僕が、最期まで君が好きになってくれたあの頃のままの僕で在るなら、それでいい。
「僕は先に逝くだろうけど、約束破ったら待っててあげないからね」 「ま、守る!だから待ってて!約束だよ?」
どうか君は、君だけは──
「クスッ、どうしようかな」 「やだやだっ。総司ーっ」
僕みたいにならないで。いつまでも笑っていてほしい。
「あ、日が昇ってきたね」 「ほんとだっ。おはよーっ総司!」 「──うん、おはよう」
僕はあと何回、こうやって君と一緒に朝を迎えられるのかな。
君の笑顔が僕の太陽
11.07.08 編集20.01.11
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