もし生まれ変われるなら



「俺と付き合って下さい」

「お断りします」


笑顔に笑顔で返された答え。ただの告白ならばそれは青春の思い出として、生徒たちの中で時間と共に薄れていく記憶となるはずだった。

だが相手が相手なだけに。
人が人なだけに。

いい意味でも悪い意味でも注目を浴びるこの二人のことは、一気に学校中に知れ渡ることとなった。


「おいおい、南野が振られたってよ」

「南野が振ったの間違いだろ?」

「いやマジで。3組のマドンナ」

「うお、マジか」



「ねえ聞いた?南野君が振られたって」

「聞いた聞いた!しかも相手があのマドンナでしょ?」

「いくらあの子でも南野君を振るなんて生意気だわ」


男女それぞれ論点は違えど、瞬く間に広がった噂に頭を抱えていたのは、振られた当人ではなく、振った彼女の方であった。


「姫、派手にやったわね」

「言わないで。今時さ、下駄箱に呪いの手紙とかいれる?藁人形まで入ってたわ」

「おお、えげつないねぇ」


にこにこ楽しそうにしている目の前の友人を本気で殴りたい。そもそも南野秀一。あの男、こうなること分かっていたな。しかも懲りずにまあ。

こちらに向かってくる赤い髪の少年は、笑顔を絶やさず目の前まできた。


「何の用でしょうか?」

「そんな邪険にしなくても。噂が回って大変みたいだから様子見に来たのに」

「何を偽善ぶって。……私のこと貶めてさぞや楽しいでしょうね」


私の隣の席に腰掛けて愉しそうにこちらを見つめる翡翠の瞳の奥。その奥で彼は私の何を見ているのでしょうか。

――人間じゃない男とまともな恋愛なんて無理に決まってるでしょ。


「ねえ、姫。何が気に入らないんですか」

「何もかも全部。アンタの手の上で転がる気はないの」

「転がしてたのは昔の話でしょ。今はちゃんと大切にするよ」


ピシッ。
頭の中で何かが切れる音がした。目の前の友人は笑いを堪えることに必死になっているが、肩が震えているのでもはや隠しきれていない。

そしてこの男は、自分の前科を認めてなお許しを請う前に何を言うか。


「アンタみたいな冷酷かつドSで我儘な人は懲り懲りなの」

「あの頃も俺なりに大切にしてたんですけどね。反応が可愛いからつい」

「私、夜はちゃんと寝たいもの」

「そこまで考えてくれてたんですか?姫は、本当に俺想いですね」

「はぁあ?ねえ、頭大丈夫?学年主席がそんなんで大丈夫なの?日本語分かる?あ、とうとう、人間のお言葉まで理解できなくなりましたか?」


酷い言われようだなぁ。と苦笑いする目の前の男は、これでも懲りないらしい。周りで話を盗み聞いている人間は全くと言っていいほど理解できていない。

寧ろできたらすごい。


「アンタらさ、前世からの因縁でまた巡り会ったんだから、早いとこくっついちゃえばいいじゃん。ほらほら、姫が大っ嫌いな昔のダーリンは、少しはマシな男になったわけじゃない?」

「なってないから、今抗議してるんだけど?」

「そお?南野なりに一生懸命歩み寄ろうとしてると思うわよ?」


彼女にはかいつまんで説明してあった。幼馴染として現代で共に育った彼女は、私が前世、この男に振り回された挙句、儚い一生を終えたのを知っている。全てを話しても彼女は疑うことなく受け容れて、「辛かったね」と抱きしめてくれた。

それにどれだけ救われたか分からない。


そもそも私に前世の記憶なんて面倒なものが戻ったのも、今世で南野秀一が私に接触を持ってきたからに他ならない。


「出逢ってその日に乙女のファーストキス平気で奪っちゃうような男のどこがよ」

「あははっ!あれは確かに驚いたわ。南野君って見かけによらず大胆なこと平気でするわよね」

「ひっぱたかれましたけどね」

「当たり前だから!」


そのおかげで記憶はフラッシュバック。前世、この狐に振り回されて過ごした日々が走馬灯のように流れた。

少しでもこの美貌に騙されてときめいた瞬間を返してほしい。


「でもあれ以来手は出してません」

「口は出してるでしょ」

「そりゃあ、俺はずっと姫一筋ですから」


満面の笑顔でそんなことをこのクラスのど真ん中で言ってのける南野秀一。周りから悲鳴のような声がいくつも上がっていそれが聞こえているだろうか。

私、今世では苛めで殺されるのでしょうか。


前世であんな想いを抱えて死んだ私のことなんて何も知らないくせに、へらへら笑ってそんなきれいごとばかり並べられたって、私は信じない。

二度と信じたりしない。


狐の言うことなんて、嘘が9割だ。


「――私を殺したのはアンタでしょ」

「!――姫……」

「姫?」

「もういい。ねえ、一人にしてよ。アンタがいると周りが煩いの」

「……俺は、貴女を二度と失いたくない。だから、絶対に諦めません」


机に突っ伏してその言葉は左耳から右耳に流した。そんな言葉で私の気持ちが変わるなら、世話ないわね。

南野の気配が完全に消えたその時、そっと頭を優しく撫でる感覚に顔を上げた。


「殺したんじゃないでしょ。過去を悔やんでいる人にそれは言っちゃいけないことよ」

「わかってるよ……」


アイツが後悔していることは、知っている。私を見つけた時、アイツは本当に泣きそうな顔で、私を抱きしめたんだ。

私の記憶が途切れている最期の瞬間、私の名前を必死に呼びかけていたアイツは、初めて涙を流していたんだ。


「私はさ、何もただ南野とくっつけって言ってるんじゃないのよ」

「え?」

「前世何があったにしても、その冷酷な男なりにアンタが大好きで仕方なかったのは、アンタの過去を聞いても、今の南野を見ていても分かるの。それをアンタ自身が本当は分かってるんだってこともね」


図星だった。
いくら冷酷でドSで人をからかって遊んでいた人でも、我儘だったし言うことやること無茶苦茶だったけど、本当に心の底から私のことを愛してくれていたのは、分かってた。

分かってる。でも……。


「同じ事なの。私は人間。彼は違う。結局またどこに大きな壁がある」

「それよ。アンタ、結局はそれが怖いから、南野を受け容れようとしないの。アイツは、そんなもの今も昔も関係なく、アンタ個人を見てんのに、アンタは、そっちの障害ばっかを気にしてるでしょ」

「!――…」

「不安があるなら、全部南野にぶつければいいわ。それをアイツがそんなこと、って言葉で片づけた時は、私が断固としてアンタをアイツにはやらないから」

「!……あはっ何だそれ」

「うん。姫にはやっぱり笑顔が一番だよ」


よしよし、と頭を撫でてくれるこの手が大好きだった。ずっと昔もこうやって私の傍で見守っててくれた大親友がいたような、そんな気にさせられる。





***

下校中、不幸なことに呼び出しなんてものに掴まり、強制的に校舎裏に連行された私は、たくさんの女の子に囲まれてその場にしりもちをついていた。

見上げる先にある女の子たちの目は、どれも嫉妬に狂っていて、ああ、女ってここまで醜い顔になれるんだなって、呑気にそんなことを考えていた。


「アンタさ、可愛いからって調子のりすぎじゃない?」

「百歩譲って、南野君を振ったのは褒めてあげるけど、その後のあれは何だよ」

「散々彼のこと悪く言って、本人にもつらく当たってさ」

「何様なの?」


そういう貴方たちこそ何様ですか。
彼の外見と表向きの顔にだけ惹かれただけの人間が、あの男の何を語れるの?


「南野君は冷酷なんかじゃないわよ」

「我儘なんてとんでもないじゃない」


ハッ。
あの狐の本性知ってもおんなじこと言えんのかしら。


「ねえ、じゃあさ、南野君に私のこと悪く言ってみてよ」

「はあ?」

「何言ってんの?」


「それか、私のことを男に襲わせて滅茶苦茶にしたとでも言って」


言ったら最後、あの男は、どんな顔をするだろうか。
昔だったら、その男も、吹聴した女もその手にかけていただろう。

でも、今彼には南野秀一としての生活があって、捨てられない大切な人間がいる。そんなこの世界で、彼は私の為にどこまでするだろうか。

こんなこと考えてる時点で、私は彼のことを悪く言えないのだ。


「昔と変わらない。その時は、姫を汚した者も、それを差し向けた者も、俺が始末します」


草木を擦る音と共に冷たい響きの声がその場によくとおった。吃驚して後ずさる彼女たちが道を開けたことで、しりもちをつく私の前まで彼が歩みを進めてきた。

ぴたり、と足を止めたと思えば、その場にしゃがみこむと、私と視線を合わせてにこりと微笑む。


「相変わらず、性格悪いな」

「人のこと言えた義理じゃないくせに」

「まあ、否定はしません」


私と彼の会話に周りにいた彼女たちは青ざめたような顔を彼に向けて固まっていた。


「姫を振り回していいのも、傷つけて乱していいのも俺だけなんで、この場は退散してくれますか?」

「ひっ、あ」

「ご、ごめんなさい!」


うお。
すごい迫力。

流石に後ろからでもビンビン感じた殺気に近い冷たい気にびくりと身体が震えた。真正面から受けた彼女たちではひとたまりもないだろう。


「ねえ、蔵馬」

「!……はい」


今世になって初めて読んだ彼の誠の名に驚いたような顔を見せてから、彼はこちらをふり返り、私を抱き起してくれた。


「私生まれ変わってもまた、人間だったの」

「そうですね」

「貴方は人間だけど、妖怪だから」


言いたいことは伝わるだろうか。
私の不安は彼に届くだろうか。


「私、きっとまた貴方を残して先に逝く」

「!――っ」

「それでも、いいの……?それでも、私のこと――!」


最期まで紡ぐ前に、私の身体は、彼の逞しい腕の中に抱き込まれていた。最初、痛いくらいの抱擁だったそれは、包み込むような柔らかいものへと変わる。


「俺が何の覚悟もなしに姫に想いを告げると思いましたか?」

「え?」

「誰がなんて言おうと、俺は姫がいい。人間だ妖怪だじゃない。俺は、姫という一人の女性がどうしようもなく愛おしいんです」

「ばか……っ」

「クス。悩むところがそこなんですね。もっと、他の心配してくださいよ」

「他って何」

「俺のファンに刺殺されるかもとか」

「それは全力でアンタが阻止するでしょ」

「勿論」

「あ、……性欲だけは何とかして」

「それはちょっと」

「オイ」


結局は今世でも私はお狐様に囚われることになってしまうようです。


全ては彼の思うがままに
(で、俺まだ姫の気持ち聞いてないんですが)
(言わなくてもわかるでしょ)
(唇塞がれるのとどっちがいいですか?)
(!?す、すき……)
(聞こえない)
(大好きっ!!)


15.08.27
編集20.01.10