こころがきみを探してる



「なあ、母さん!俺の父さんってどんな人?」

「!──…」


現代で稀にある身分の違いから彼の子供を身篭ったまま関係を断ち切られて早5年。既に両親とも他界している私は、無事子供を出産したものの、日々仕事に追われ一日の生活費を稼ぐのにやっとの生活を送っていた。

それでも彼との子供、聖吾と一緒に過ごすのは幸せを感じずにはいられない。


だが最近、聖吾は自分に父親という存在がいないことに疑問を持ち始め、度々私に尋ねてくるようになった。


「うーん。……凄く……」

「凄く?」


目を輝かせる我が子に言うことではないけど、でも彼を一番に表現出来るのはこれだけだから。


「¨俺様¨」

「……えー。それって我が儘ってことだろー?」


なんだー。とふて腐れる聖吾の頭をくしゃりと撫でる。聖吾にはきっと会わせてあげられないだろうけど、私が生涯にただ一度愛し通すと決めた人をこの子に誤解させてはいけない。


「ねえ、聖吾。俺様にも我が儘じゃない俺様もあるのよ?」

「?そんなんないよー。俺様って悪い奴だろー?」


悪い奴、か。俺様が悪い奴ならば、イイ奴というのはどのような人のことを言うのだろう。もし彼が、悪い奴ならば今頃私はこの子を取り上げられていたはずだ。

彼と血の繋がった元気な男の子なのだから。


「聖吾のお父さんはね、今でもお母さんと聖吾を守ってくれているの」

「じゃあ何で傍にいないの?」

「!──…」


聖吾の問い掛けにどくり、と心臓が脈打つ。途端に蘇るのは最後に見た、彼の逞しい後ろ姿と、強く握られた手の感触。


『──誰に何を言われようが、俺様に相応しい女は姫を置いて他にねぇ。──俺が唯一人認めた女だ』

『!──景、吾…』

『お前は俺様を信じてついて来ればいい。──分かったか、アーン?』

『──バカ』


あの時繋いだ手を、誓った約束をいつまで思い出として心の中にしまっておかなくちゃならないのだろうか。


「か、母さん!苦しいーっ」

「ごめんね。お母さん、弱くってごめんね」


ぎゅーっと力一杯に聖吾を抱きしめて、この小さな存在を必ず守ろうと胸に誓う。

──私にはもう、聖吾しかいないの。




***

「聖吾、忘れ物ない?」

「ないない!早く行こーぜっ」


久し振りに休暇をもらった私は、聖吾と二人近くにある大きな公園にお弁当持って遊びに行くことにした。

空は快晴、秋風が冷たくて気持ちのいい今日。ピクニックにはもってこいだろう。


聖吾と二人手を繋いで公園にやってきて、泥まみれになることも構わずに遊び回る。明日筋肉痛に苦しむだろう自分を思い浮かべて苦笑した。


「母さん!見ててよ!俺てっぺんから滑ってくるからさ!」

「うん、気をつけるんだぞー」

「分かってるってー!」


タッタッタと、公園で一番高くて長いすべり台に駆けていく聖吾の後ろ姿を見守りながら近くのベンチに腰を下ろした。


坂を上る途中、何度も振り返ってこちらを確認する聖吾に笑顔で手を振れば、腕がちぎれるんじゃないかと思うくらいブンブン振り替えしてくれた。

親バカだと思われるかもしれないが、可愛いヤツだ。


聖吾が成長して景吾みたいな俺様になっちゃったらどうしよう。それ以前に、外見似てきちゃうんだろうな。幼稚園じゃ、モテモテだしね。

ていうか、景吾の子供ではあるけど私の血も引いてるのに、どこも似てない気がするのはどうして?


何だか私の遺伝子が景吾の遺伝子に負けたみたいで悔しい。

今頃どうしてんのかな、アイツ。


「──景吾…」

「何だ」

「──ん?」

「お前が呼んだんだろーが」


私の隣に座ってらっしゃるのはどちらさまでしょうか?公園に似つかわしくないスーツ姿でビシッとキメた男前の美青年は、一体誰。


「──オイ、何、他人の振り決め込んでんだ」

「───…」


彼なはずがない。あれから五年もたった。私のことなんか覚えてすらいないはずだ。顔を上げるな。隣にいる男を視界にいれるんじゃない。


「こっちを向け」

「!──っ」

「──姫」
『姫っ!』


自分の名前を呼ぶ声が、別れ際必死に私の名を呼んでいた彼のそれと重なり合って、ストンと胸に落ちた。


「景吾──っ」

「!───遅くなって悪かった」


どこかで諦めていた。
景吾が私なんかを何年も思い続けているなんて現実。庶民で、何もない私なんかを迎えに来てくれるなんて絶対に望んじゃいけないことだって。


泣きつく私を力強い腕の中で抱きしめてくれた景吾の温もりを感じながら、今まで一人我慢して堪えていたものが一気に溢れ出して涙となりこぼれ落ちた。


しがみついて泣き叫ぶ私をただ黙って抱いていてくれた景吾の変わらない優しさに触れながら、涙が枯れるのを待った。

聖吾のことをすっかり忘れて──。




***

「母さん、大丈夫?」

「だ、大丈夫…」

「俺、タオル濡らしてきたから!使ってっ」

「あ、ありがとう…」


漸く泣き止み、景吾に肩を抱かれた私の膝にしがみついて、水滴が滴るタオルを私に手渡そうと手を伸ばす聖吾を前に赤くなった顔をあげられない。

──は、母親として子供の前で泣くなんて!何て失態!


「オイ、姫。このガキ誰だ。──まさか、俺以外の男──」

「景吾の子供、です。──聖吾っていうの」


聖吾からタオルを受け取り、一度絞ってから泣き腫らした目にあてがいながら、ご機嫌斜めな景吾にずっと隠し通してきた聖吾の存在を明かした。


「聖吾、この人がお父さん」

「───…」
「───…」


二人にそれぞれを紹介すれば、じーっと見つめ(睨み)合う二人の間に挟まれて、何だか居心地が超悪い。

お願いだから、どっちか反応してくれ。


「──か、母さん泣かすような奴が俺の父さんなわけねーもん!」

「──フンッ。俺は姫を迎えに来ただけだ。ガキなんか知らねぇな」

「ちょ、け、景吾!」


漸く破られた沈黙は、聖吾の一言でいらぬ流れに変わった。マズイ、景吾のバカ。子供相手に!泣きそうになりながら震えて言葉を発した聖吾の頑張りが見えないの!


私の手を引いて立ち上がる景吾に引っ張られて立ち上がった私を見て目尻に涙が溜まっていく聖吾。


「男なら簡単に涙なんか見せるんじゃねぇ。──この俺と、姫の子供だってんならな」

「!──クスッ」


──何だ。照れ隠し、だったの。


「おいで聖吾。パパが仲直りしようって」


繋がれた手から伝わる景吾の思いを代弁して聖吾に手を伸ばせば、聖吾は涙を隠すように顔を俯かせた。


「──っう。お、俺っ。父さんの代わり、に…母さ、んっ守って…っ」


泣きながら必死に自分の気持ちを伝えようとする聖吾を抱きしめようと、足を踏み出しかけた私より先に前に出たのは景吾だった。


聖吾の背丈に合わせて屈む景吾の手が聖吾の頭に触れた瞬間、先程の私同様泣き出した聖吾は景吾の胸に飛び込んだ。


「──…」


それを抱き上げて私の元に戻ってきた景吾はあいている方の手を、スッと私の前に差し出した。


「──帰るぞ」

「──うんっ」


私達が帰る場所、それはもう離れ離れにならなきゃならない所なんかじゃない。

だってもう、ずっと──、


傍に在れる


11.10.16
編集20.01.10