黒子(秀徳編)『秀徳に舞い降りた天使なキミ』



「真ちゃんいますか?」
「えっと……」


真ん丸の瞳を真っ直ぐ俺に向けてそう尋ねる、恐らく小学高学年くらいの女の子が捜しているのはたぶん、俺の相棒で、ちょっと、いや、かなり変人な男だ。

来賓用のスリッパを履いて、手には何か荷物を抱えているこの子の対応に困っているのは、俺だけにあらず、先輩たちも困惑した顔をして顔を見合わせている。

生憎この子の捜し人は、今監督に呼ばれて体育館にはいないのだ。


「あ、あの……。練習のお邪魔してごめんなさい。その、これ渡したくて来たんですけど、出直したほうがいいですか?」
「え?あー……お、大坪さん。これ、どうします?俺、緑間呼んで」
「いや、もうじき戻るはずだ。……少し、待ってもらったらどうだ?」
「うぃーっす」


先輩たちが遠目にこちらを伺っているのを気にして困ったように眉を寄せる女の子を安心させるように笑顔を見せれば、少し表情が和らいだようだった。


「じゃあ、この辺で、待ってて。練習見てるだけじゃ、つまんねーかもしんねーけど、もうすぐ戻ってくっからさ」
「え、いいんですか!?」


見学していてほしいとのことを伝えれば、途端にキラキラと目を輝かせる女の子に面食らう。それはどうやら、俺だけではないようで、後ろにいた先輩たちも驚いたように動きを止めていた。


「バスケ好きなの?」
「はいっ!兄もバスケしてるので、大好きです!実は、ちゃんと勉強してきて……」


ぐるり、と俺たちを見回してからにっこりと笑う女の子は、教えたはずのない俺たちレギュラーの名前とポジションをサラサラと答えた。

兄がバスケをしているとのことだが、たぶん、真ちゃんのことではなさそうだ。真ちゃんの昔の友人の妹か何かだろうか。


「お前、ちっこいのにすっげーな」
「えへへっ」
「ダンクしてみっか?」
「え?」


女の子の可愛らしい笑顔と、ふわふわしている空気に好感を持ったのか、はたまたバスケに興味のある女の子が、ここまで初対面の自分たちの事を勉強してきたことに感心したのか、ずっと成り行きを見ていた宮地さんが近づいて行った。

くしゃくしゃと頭を撫でるそれに照れたように笑う様がめちゃくちゃ可愛い。


「危ないだろ、それは」
「大丈夫だって。軽そうだし」
「そりゃ、こんなちっせーんだし、軽いだろ」


大坪さんが止めに入るのを大丈夫だと跳ねつける宮地さんだったが、木村さんも少々渋ったような顔をしている。

言われた当人は、たぶんやってみたいのだろうが、様子を伺っているといったところか。


「どうする?肩車してやるけど」
「あ、あの…でも、す、スカート……」
「ん?」
「えっと、あの……」


ああー……。
やりたいのにそわそわしてたのは、そっちか。こんな小さいくても気にはなるよなー。どうやら、女の子が頬染めて、恥ずかしそうに俯く理由に気が付いていないらしい宮地さんは、どうしたー?と顔を覗き込んでいる。


「宮地さん、ちょっと」
「何だよ、高尾。お前じゃ、身長たんねーだろ」
「そうじゃなくって!」


ぐいっと宮地さんを引っ張れば、不満そうな顔をして女の子から距離をあける。少し離れたところで、女の子が気にしていることを告げれば、ああー、と納得したような声をもらした宮地さんは、少しの間思案してから、再び女の子の元に戻った。


「よっし。じゃあ、俺の右肩座んな」
「え?」
「そしたら、何も心配ねーだろ?」
「!……はいっ」


ああ、なるほどなー。
足さえ開かなきゃ何ともねーわけだし。宮地さん、さっすが。


やっぱりダンクをしてみたかったらしい女の子は、屈んだ宮地さんの肩に、そっと腰を下ろして、立ち上がる際に、そっと頭に手をやった。宮地さんは、小さな体をそっと片手で支えてやって、難なく立ち上がった。


「木村ー、ボール」
「おう」
「投げんなよ」
「わかってら」


そっとボールを手渡す木村さんから受け取った女の子は、嬉しそうにお礼を言っていた。照れてる木村さんとかマジレアものなんだけど。あー、これカメラ回してたほうがよくね?


「宮地落とすなよ」
「慎重にな」
「わかってるって」


ゴール下までやってきて、女の子が姿勢を正せば、軽々とボールはリングの上をいく。ダンクというには優しすぎる音が体育館に響いてゴールリングをくぐったそれは、すとんと、綺麗に落ちた。


「わっ」
「おっと」
「ご、ごめんなさいっ」
「お、おお。大丈夫か?」


なんだこれ。宮地さんってもしかしてロリコン?いや、それはねーよな。

興奮してか、少しバランスを崩した女の子を抱っこする形で肩からおろした宮地さんに慌てて謝る女の子と、それに照れたように答える宮地さん。

なんつーか、あれじゃね?少女漫画的な。ちょっと歳離れ過ぎな気がすんだけど。


「み、宮地さん、やっぱ、身長おっきいんですね」
「ん、まあ。平均よりは?」
「すっごい楽しかったです!ありがとうございますっ」
「おう」


ああ、部活の中がこんなに緩やかで穏やかなのは初めてな気がする。平和だなー。


「まつり!何をやっているのだよ!」
「あ、真ちゃん!」


お、来たな、真打。
言葉の使い方はまあ、置いといて、漸く現れた待ち人は、酷く焦ったように体育館に駆けこんできた。

つーか、名前、まつりってゆーのか。聞き忘れてたな。


てててて、と真ちゃんに走り寄ったまつりちゃんは、そのままの勢いで、腰を屈めた真ちゃんに飛びついた。それを慣れた様子で抱き上げる真ちゃんに、思わず俺たちの目は点になる。

口が開いてたら暫くしまんねーわ、これ。


「すみませんでした。練習の邪魔を」
「い、いや、構わんが」


あの大坪さんも動揺を隠しきれていない。


「まつり、黒子はどうしたのだよ?」
「お兄ちゃんには内緒!」
「危ないから、せめて連絡入れてからにしろ。……心配するだろう」
「ごめんなさい」


いやいやいや、待て待て待て!!いろいろ突っ込みたいんだけど!てゆーか、何、この可愛い子、黒子の妹ー!??

あ、ありえねー!!全然似てねーよ!


「おい、緑間。その子、誠凛の黒子の妹なのか?」
「はい」
「え、何で?」
「に、似てなさすぎだろ!」


先輩たちも同じことを思ったようだ。あの影の薄い黒子に妹がいたのだとしたら、こんなに元気で明るい可愛い、黒子と正反対な妹なはずがない。

本当に血繋がってんの?


「あのね!宮地さんが肩車してくれて、ダンクしたーっ」
「何をしているのだよ!?怪我はしてないな?どこかぶつけたりは――」
「おー緑間ー、お前俺を何だと思ってんの?轢くぞ、あ?」
「宮地さんちゃんとだっこしてくれた」


力説するかのように力強く言い切ったまつりちゃんの後ろに、笑顔で毒を吐く宮地さんというシュールな絵に思わず噴き出した。

真ちゃん、青くなってるし。


「まつり、また遊びに来いよ。今度は一緒にバスケしよーな」
「はいっ!」


真ちゃんの腕の中にいるまつりちゃんの頭を撫でて優しく笑う宮地さんに、まつりちゃんは頬を染めてふんわりと笑った。そこだけが温かい空気に包まれるのが見ているこちらにまで伝染してきて、温かい気持ちになる。


――これが、俺たち秀徳が初めて天使に出逢った瞬間だった。今では懐かしい思い出だ。


「和兄ー」
「んー?」
「これって、真ちゃん持ってたかな?」
「いや、これは結構レアっしょ?」
「だよね!よし、これに決定!」


真ちゃんの誕生日プレゼントだー!と言って、珍品探しを手伝っていた俺は、隣でころころ変わる表情に笑みをこぼすのだった。

ああ、ほんっと癒されるわー。

レジに向かった後ろ姿を見つめて、懐かしいあの頃から、もう、四年も経ったのかと思うと、本当に人の成長とは早いものだ。

目線の高さがこんなにも近くなった。

だけど変わらない。まつりちゃんはずっと、俺の癒しで、可愛い可愛い妹だ。


てててて、と戻ってきたまつりちゃんは、プレゼント包みをしていない方の袋から何やら取り出して、俺に差し出してきた。


「お揃いだよー!超、レアでしょー?」
「!……ああ、もうマジ可愛すぎだからっ!」
「わっぷ!和兄!苦しいっ!」


可愛い妹との休日デートは、心が満たされまくりな超幸せな時間だ。


(みなさん!こんにちは!〜秀徳編〜)
秀徳に舞い降りた天使なキミ。


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