049話 条件という名の願い



「真ちゃん。条件提示って、珍しいじゃん。何出したんだよ」
「――過去への詮索だ」


真ちゃんのことだから、ただ単純についていくだけじゃつまんねぇから、なんかちょっかいかけたのかと思ったけど、そう簡単な話じゃなかったみてぇだな。

過去への詮索か。
四年前のあの事件かな。


「まつりちゃん、思い出したのか」
「いや。まだ完全ではないようだが。――思い出して辛いのは、まつりなのだよ」


四年前。
俺たちバスケ部総動員で捜した小さな女の子は、俺たちの手の届かない場所へと連れ去られていた。

帰ってきたあの子は、何日も熱にうなされて眠り続け、次に目を覚ました時には、何も覚えていなかった。

怖い記憶全てにふたをしていた。


それは、あの小さな身体に抱えるには大きすぎたものだったから、それでよかったんだと俺たちは安堵したんだ。

それと同時に、いつか全てを思い出した時に、この子の心が壊れてしまわないか。この純真な女の子が、黒い渦に巻かれて、我を失ってしまわないかがとても怖かった。

大好きな水泳さえ、自分から突き放してしまうんじゃないかってな。

まあ、松岡のせいで、結果はそうなっちゃったけど。水泳自体を憎んでしまって離れたわけではなかったから。


「でもさ、俺思うんだけど」


たぶん、これは時期が来れば全て思い出してしまうものなんだと思う。辛い記憶は、心を守るために一旦、自分が触れられない奥底に鍵をかけて眠らせるかもしれない。それでも、鍵を開けるのもまた、自分の心しだいだ。

今、その時が近づいてるなら、思い出さないともっと、あの子が危ない目に遭うってことなんじゃねぇかな。


「最近、赤司も、黄瀬もなんか動いてんじゃん。生徒の話に時々出てくる不審者の目撃情報とかさ、合わせたら、もう、何か起こるの見え見え」
「高尾」
「しょうがねぇんだよ。こればっかりはさ。俺たちじゃ、どうしようもないんだ」


それを、真ちゃんはわかってるだろう。

分かっていないでもがこうとしてるのは、赤司や黄瀬だ。あの二人にしてみれば、ずっと守ってきたあの子が違う何かに変わってしまうかもしれない恐怖と、全てを隠してきた自分へ向けられるあの子の拒絶が何より怖いんだろう。


「あの時さ、目覚まして、俺たちに心配かけないように笑ってたじゃん」


あんな、ちっさかったのに。まつりちゃんよりずっと大人な俺たちを気遣って、笑顔を見せてくれたんだ。「皆どうしたの?」って、事件の起こる前と何一つ変わらない笑顔を向けてくれた。


「あん時の笑顔を信じようぜ」
「!――バカめ。だからといって、何も手を打たないわけにはいかないのだよ」
「わかってるって。だから、合宿同伴すんでしょ?」


分かっているなら、聞くな。と、目で訴えられる。それに笑ってやれば、保健室から追い出されてしまった。

でも、よかった。
真ちゃんは、何だかんだ言っても、まつりちゃんの心を一番大事にしてる。あの子の心の傷が最小限にとどめられるように、人事を尽くすんだろ。

じゃ、俺も、まつりちゃんの第二の兄貴として、一肌脱ぎますか。






・・・・・

「でも行きたいなぁ。皆で無人島〜」


真ちゃんの条件に首を縦に振った私は、取り敢えず真ちゃんの同伴許可をもらった。征兄ちゃんにも電話ですぐに許可を貰った。案外あっさりとね。

あ、条件についてはね。詮索はしないけど、思い出しちゃったら、それはそれで条件やぶりにはならないしね。皆に詮索はもういれないってことだから。

真ちゃんには言ってないけど。


前を行く渚の言葉に、両隣にいるハルとまこを見上げる。二人が視線に気が付いてこちらを見下ろしたので、慌ててアイスにかぶりついた。

頭がキーンとした。


「まつり、急いで食べなくても大丈夫だよ」
「頭痛くなってもしらないぞ」


もう、なっちゃったよ〜。
頭を押さえる私に二人は笑って。前にいた三人は、その間も合宿についての議論を続けていた。バイトしっよかという渚の意見は怜君に正論を言われて却下され、江ちゃんの計画倒れか〜との、落胆した声に、私も俯いた。

折角許可とってもね。こればっかりはね。


「いや、俺が何とかする!お金をかけずに行く方法、考えてみるよ」
「まこ……」
「大丈夫」


何か考えでもあるのかな。
まこの言葉に、皆その足で、まこのお家まで向かうことになった。何やら家に帰って押し入れから引っ張り出してきたらしいまこは、ハルの返事は聞かずに、そのままハルの家へ行こうと提案した。


「結構、本格的ですね」


ということで、ハルのお家は物置になりました。


「まこんち、夏はいっつもキャンプだもんね」
「うん。これ、使えるんじゃないかって思って」
「バーベキュー決定ですね」
「無人島で、バーベキュー!」


イェーイと盛り上がる渚と江ちゃん。それを冷静に制する怜君。そして提案しておきながら、まだ交通費について頭を悩ませているまこに視線を向ける私は、征兄ちゃんにクルーザー出してもらえないかな、とか考えていたりした。

でも、それは甘え過ぎだろう。それに、あの人は、昔から家の力をあまり使いたくない人だ。

また、嫌なこと思い出させるのもよくないし。


「あまちゃん、船持ってないかな」
「持ってないでしょう、普通」

「あっいた!持ってる人!」


まこの言葉に頭にめぐらせてみるが、ぴんと来る人はいなかった。でも、その人を前にすれば、ああ、そういえば、と納得する。


「まあ、合宿には付き合えねぇが、送り迎えくらいはしてやるよ」


とまあ、笹部コーチは、押しに負けたように合宿への送り迎えをイカ釣り漁船で行ってくれることになりました。

皆が喜び合う中、ふとこちらに視線を向けた笹部コーチは、目を細めて私を見つめた。その優しい眼に、どこかほっとするのは、昔からこの人に何度も、何度も助けてもらっているからだ。


「姫さんも帰ってきたことだしな。俺が一肌脱いでやるよ」
「!――ありがとう。コーチ」


コーチがいたから、私は人魚姫と呼ばれるまでになれたんだと、そう、今でも思っているの。私の原点を創り出してくれたのは、コーチだから。




(条件という名の願い)
で、水着は何着るんだ?
勿論、競泳の水着ですが、何か?
おいおい、勿体ねぇなあ。
コーチ
わ、わかった、わかった。そう睨むなよ


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