047話 目先の大会に向けて
結局あの後、泊まっていったまつりは、今俺の隣ですやすやと眠っている。目の隈を見る限り、四年前のことが気になって眠れていなかったのだろうということが、何となく分かる。
そっと頬に手を伸ばせば、くすぐったそうに身を捩るまつりは、ますます丸くなって俺に身を寄せた。
「まつり」
俺は、お前が大事だ。絶対、お前のこと、失いたくない。それはきっと、俺だけじゃないと思う。だから、皆黙ってお前を守ってきたんだと思う。
本当は黙っておくべきだったかもしれない。
でもそうしたら、お前は、きっと俺たちのこと、一生許してくれない。信じてくれなくなる。
――それは、絶対に嫌だ。
手が届く位置にお前はいるけど、あの時だってそうだった。あの時、お前は必死に俺に手を伸ばしていたのに。俺の手は、お前の手を掴むことが出来なかった。
お前がいなくなったあの日、凛のことや、俺の言葉のせいでぐちゃぐちゃになってしまったお前が、無事で帰ってきてくれただけで、それだけで俺は心底安心した。
凛が見つけたこと、悔しかったのは本心だ。それと一緒に、あの時も凛だったなら、お前が伸ばした手をしっかり掴んで離さなかったんじゃないだろうかと、そんなことさえ頭を過った。
俺は、凛に嫉妬ばかりしてる。
それでいて、凛の前では虚勢を張ろうとしてる。
お前を取られたくないくせに、お前の気持ちが一番大事なんて言って。
「まつり、俺のこと、……選んでくれ…っ」
まつりの頭の下に入れていた腕を後頭部に回し、背中にそっと腕を回して、小さい身体をすっぽりと自分の腕の中に収める。
「ん、……はる……?」
「!――……」
「どしたの?……眠れない…?」
「大丈夫だ。こうしてると眠れる……」
「そっか、……ん、じゃ、……このまま…おやすみ」
「ああ、おやすみ」
そんな無防備な寝顔を晒すな。
俺だって、男なんだ。
まつりの顎に手をやり、顔をそっと近づける。それでも、何の警戒もなく、眠りに落ちてしまった安心したような顔を前にすれば、それ以上何もできやしない。
柔らかい髪にそっと口づけを落として、目を閉じれば、まつりの温もりが俺の意識をそっと夢の中へと誘ってくれる。
・・・・・
「まつり先輩、調子いいですね!」
「ごめんね、私まで泳いでて……」
「いいんです!私、また先輩の泳ぎ見られてすっごく嬉しいんです!」
なんとなんと、私も県大会女子の部に出場が決まってしまったのです。江ちゃん一人にマネージャーの仕事を押し付けることになってしまているのに、彼女は嫌な顔一つせず、寧ろ嬉しそうに応援してくれるから、とてもありがたい。
県大会まで時間もないし、ずっと水泳から離れていた時間を取り戻すように、必死に練習に没頭しなければならない。それなのに、四年前の事が気になりだして、それを探ることもやめられない。
ハルとまこは、私を絶対に裏切らないし、嘘もつかないと誓ってくれた。その言葉にどれだけ救われたか分からない。
兄さんや、兄さんの部活関係者は絶対に私に話そうとはしないだろう。それが心配してくれているんだってことは分かるけど、それでも、私は、このままずっと知らないままでいていいはずがないと思うのだ。
でも取り敢えず、県大会までは大人しくしておこう。
それは、ハルとまことあの後約束した。
今は、県大会に集中しようって。
「まつり」
「ハル……」
「調子いいな」
「うんっ」
プールから上がろうとした私に手を差し伸べてくれたハルの手をそっと握る。ぐいっと力強く引き上げてくれるのに任せて上がれば、優しいハルの顔。
「まつりちゃんは、順調なんだけどねー」
「んー…、怜も頑張ってはいるんだけど」
「……ハルの出番だ」
「面倒くさい……」
私たち四人は、江ちゃんにタオルをもらって、一度プールから上がった怜君をどうしたものかと見つめていた。教え方云々の前に、手足を動かすと水中に沈んでいくという現象はどうしたものだろう。
私みたいに水に恐怖して泳げないってわけでもない。精神的なモノじゃない金槌って、教え方次第で何とかなるもんじゃないのかな?
「コーチあたったんだよね?」
「笹部コーチは、無理だって」
「忙しいのか……んー」
やっぱり、ここはハルしかいない。と、視線を向ければ、仕方ないとでも言うようにプールに戻った怜君の傍まで泳いでいった。
あ、教える気だ。
「ハルなら、何とかなるよね」
「そうだといいなー」
「まあ、後はハルに任せよう」
ハルの指導が始まるのをプールサイドで見守っていた私たちだったけど、いざ怜君が泳ぐぞってなって、沈んでいったのを見た瞬間、言葉を発することが出来なかった。
(目先の大会に向けて)
後日……
もう、試してないバッタ泳いだら案外泳げたりするんじゃない?
そんな簡単な話じゃないと思うけど…
そうだよー。基本沈んでいくのに。
あれ、誰か泳いでる…
ハルじゃないの?
俺はここにいる。
あれ、……じゃ、誰?
―――
怜君!?
怜ちゃん!