045話 歯車は複雑に絡み合い



家に帰って、真っ先に私はアルバムをあさっていた。なんだか凄く胸騒ぎがする。私が忘れてしまっている記憶の中に大事な何かが眠っているんだって、そう、あの人が思い出させてくれた。


「やっぱり、ない」
「あれ、まつりっち?帰ってたンスか?」
「うん……」


私の部屋に顔を覗かせた涼太兄が、驚いたように私の部屋をぐるりと見渡す。普段綺麗に片づけてあるそこには、たくさんのアルバムが散乱していた。


「ねえ、涼太兄」


うわ、懐かしい。と私の隣に座って、アルバムを覗き込む涼太兄に、そっと声をかける。彼は、特に気にした様子もなく、アルバムをめくりながら、生返事を返した。


「私、四年前、征兄ちゃんに保護されたことあったよね」
「!――そういえば、そんなこともあったッスか。迷子になったンスよねー」
「本当に?私、ただ迷子になったの?」


どうも記憶が曖昧だった。兄さんや、征兄ちゃん、他の皆も迷子になって大変だったとしか教えてくれなかったし、私もそうだったな、と思い込んでいたけど、あの時の確かな記憶は私にはない。

征兄ちゃんは、表情が読みにくい人だから、私を言いくるませるのはわけないだろうけど、涼太兄は、咄嗟に表情に出てしまう人だ。

私はそれを見逃さなかった。


「今日、私知らないはずの男の人だったのに、その人名前分かったの」
「え、何の話っすか」
「私、何か大事なこと忘れてる。絶対忘れちゃダメな人のこと、忘れてるんだよ」


ねえ、涼太兄。
持ってるアルバムさかさまだよ?


やっぱり、私に隠しておかなきゃならない事なの?それは、私だけ知らない事なんでしょ。


「ただいま」
「教えてくれないなら、征兄ちゃんに直接聞けばいい?」


玄関から聞こえてきた征兄ちゃんの声を耳にして、涼太兄に向きなおれば、ぐっと言葉に詰まった様子だ。


「まつりっち。今日、誰と会ったか、それだけ教えて」
「……教えたら、その人のこと責めるんだよね」
「それは誰かに寄るッスね」


ああ、涼太兄のこんな冷たい表情なんて何年振りだろう。私に向けているわけではないんだろうけど、ここまで彼の表情を冷め切ったものに変えてしまう人が、あの人なんだろうか。

ううん、きっとあの人は何も悪くないと思う。


そっと両手を伸ばして、涼太兄の頬を包み込む。途端に見開かれた瞳が、私を真っ直ぐに見つめて驚いたように泳いだ。


「そんな風に、冷たい顔しないで」
「っ……」
「私がさせてる?」
「違う…っ」
「私が知らないとこで、皆が何かから私を守ろうとしてくれてること、何となく知ってる。私がいなくなって、必死で捜してくれたあの時の皆の様子から、何か変だなって、思ってた」


そこまで言えば、両腕は涼太兄に掴まれて身動きが取れなくなっていた。初めて涼太兄を怖いと思った。

背中には部屋のドア。

逃げ場はない。


「じゃあ、分かるだろ。俺たちがどんだけ必死に守ろうとしてるのか」
「涼太兄っ、痛いよ……っ」


低い声。
男の人の顔。

私を突き飛ばした凛と同じ顔をしてる。


「!――、ごめん。ちょっと出てくるっスわ」
「あ……っ」


私を押しどけて部屋から出ていった涼太兄を追いかけなきゃ、と心は思うのに足は動かなかった。何でだか分からないけど、震えが止まらない。

ただ一つ分かったのは、四年前のあの日、私はただ迷子になっただけではなかったということ。皆が何か大事なことを私に隠しているということ。

そして多分それは、私が今日偶然にも出逢ってしまったあの男の人が関係しているのだということ。


「琢磨――…」


私より一回りも二回りも年の違う人だと思うのに、名前で呼ぶことに何の抵抗もなかった。寧ろしっくりくるその感覚は、呼ぶたびに馴染んでいく気がした。






・・・・・

黄瀬君がどこかへ出かけてふらりと帰って来てから、どこか様子がおかしかった。いつものようにまつりにちょっかいをかけにいかないことといい、どこか黄瀬君の様子を伺って浮かない顔をするまつりといい、何でしょうかこの感じ。

赤司君も不思議に思ってはいるようですが、二人の前では無理に聞こうとはしなかった。


「涼太、何があった」
「!な、なんスか、急に……」


まつりがお風呂に行ったタイミングで赤司君が言葉を発した。びくりとわかりやすい反応を見せる黄瀬君は、声が上ずっている。


「まつりと喧嘩でもしたんですか?」
「するわけないじゃないっすかー。いつも通り仲良しッスよ」


喧嘩したという様子でもない。それならば黄瀬君がいじけている事の方が多いし、彼から謝ることが多いので、それほど心配もしない。


「まつりに何を言われたんだ」
「だから何も――」
「僕が帰った時、あの子は出迎えに来なかったね。部屋で何をしていたんだい」


確か、赤司君が帰宅して暫くしてから黄瀬君は家から出ていき、まつりは部屋にこもったまま、夕飯の時間まで下りてくることはなかった。

呼びに行ったときに必死に何かを片づける姿に少し違和感を持ったけど、あの子は何を手にしていたか。


「アルバム、見てました……?」
「!――や、何か懐かしかったんで、二人で見てたンス」
「アルバムか――。四年前のこと、勘付き始めたようだね」


きっかけは何か知らないけど。
鋭い赤司君の読みには、僕も同意だ。あの子がただ懐かしいというだけでアルバムを全て引っ張り出したりするだろうか。

いや、それはきっとない。

写真の中から誰かを探そうとしたんじゃないでしょうか。


「――この事は暫く俺に預けてくれないッスか」
「できない」
「俺もまだ半信半疑なんで、ハッキリしたら――」
「あの子に何かあってからじゃ遅い」


赤司君はこの間の行方不明のことがあってから少々まつりに過干渉気味だ。四年前の二の舞にならない最善の注意を払っているのはわかりますが、少し違う気がします。

これじゃ、あの男と何も変わらないじゃないですか。


「赤司君」
「何だ」
「まつりは、君の人形じゃない。いつまでも君に従順であるわけではありません」
「何が言いたい」
「慕っているあの子の純真な心を別のモノにすり替えてしまっては、本末転倒です。ここは、黄瀬君に任せるべきです」
「黒子っち……」
「僕は別に――っ!」


近づいてくる足音にぴたりと会話は止む。戻ってきたまつりは、異様な空気を察したのか、眉間にしわを寄せている。


「兄さん……?」
「はい。アイス食べますか?」
「う、うん……」


少し戸惑ったように答えて座り込んだまつりは、どこか黄瀬君と距離を置いているようだった。それに黄瀬君が吹っ切ったように距離を縮めに行く。


「まつりっち、ごめんね。さっきは言い過ぎたッス。だから、もうそんな顔しないで。仲直りしよ」
「っ!――わ、私もごめん、なさい……」
「うん、いいよ。じゃあ、もうおしまい。ね」
「うんっ」


漸くまつりに笑顔が戻った。
引き換えにというべきか、赤司君の顔はどこか浮かないものでしたが、彼も少し頭を冷やすべきです。誤った道に進んで、皆が、何よりあの子と赤司君自身が傷つくことのないように――。




(歯車は複雑に絡み合い)
ねえ、ハル、聞きたいことがあるんだけど
どうした?

なあ、お前らさ、お嬢が幸せなら、このままでもいいと思うか?
どうしたンスか、兄貴。
いや、聞いてみただけだ。
俺は、お嬢って会ったことないんで、兄貴が惚れこむ天使に会ってみたいっす!
馬鹿野郎、何が天使だ。
じゃあ、なんすか?
そうだな――人魚姫かな


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