精ちゃんとミーティングの後、テニスコートに戻ってくれば、少し困ったようにしている仁王君と他校の制服を着ている女の子を見つけた。ちょっと茶々入れのつもりで、助け船をだしてやろうかと、声をかければ、女の子の顔には物凄く見覚えがあって、私の顔を見るなり、駆け寄ってきた。
確か、美樹さやかちゃん――。
私と同じく、好きな人の為に魔法少女になるかもしれない子。
仁王君はきっと彼女の顔を覚えていたんだろう。それで、私に引き合わせようとしていてくれたのかもしれない。片手をあげて謝罪すれば、小さく頷いてくれた彼にホッとして、精ちゃんに早退する旨を伝えて、二人でその場から逃げるように立ち去った。
そして、今に至るわけですが――…。
近くのファミレスで、向かい合わせに座っている私たちの間には、少し微妙な空気が流れていた。正確には、さやかちゃんが醸す空気が重苦しいのだが。
「えっと、話って何かな?」
「あ…、その…」
おそらく、マミさんのことがあって、魔法少女に対する憧れよりも、恐怖が上回ってしまったのだろう。それでも叶えたい願いがあって、迷っているという感じだろうか。
「マミさんに言われたんです。願うのは、彼自身の夢の為なのか、夢を叶えた恩人になりたいのかって」
「うん」
うっわ、マミさん直球で怖い。
まあ、確かにその辺はき違えると、魔法少女になってから、絶望に押しつぶされて自分自身を見失ってしまうだろう。
「あたしは、彼が好きです。人として、男の人としても。夢に向かって頑張ってきた姿もずっと隣で見てきた。こんなあたしなんかより、よっぽど必要とされてる人なんです」
ああ、一緒なんだ。
私が願う時に心の内で迷ったことと、今の彼女の悩みは――。私も散々悩み苦しんだことだから、その気持ちは痛いほどよくわかる。だけど、これは簡単に決断のくだしていいことじゃない。
魔法少女になるっていうのは、本当に辛いことだから。
「ねえ、さやかちゃんはさ。もし、その人が夢をかなえることができて、自分じゃない誰かを好きになって、離れて行っちゃったら、どうするの?」
「え……?」
そんなことは考えもしなかったのか、きょとん、とした顔で固まってしまった彼女に苦笑をもらす。
「ごめんね。でも、これは大事なことだよ。魔法少女になるってことは、普通の人間としての人生を全て捨てるってことだから」
「…はい」
「それはつまり、この恋心も自分の中に閉じ込めちゃわなきゃいけないし、彼の幸せを陰で見守っていなくちゃならない。すっごく理不尽じゃない?私が助けてあげたから今の貴方があるんだよって、言ってやりたくなっちゃうよね」
もし、精ちゃんが私でない誰かを選んだなら、その時、私はこの想いを完全に封じ込めることができるのかな。
「名前さんは、それも覚悟して願ったんですか?」
「うん。叶ったその時、ちゃんと別れた」
「え……、だって、魔法少女になったこと知ってるのに、それなのに別れたんですか?」
「え?知らないよ?」
「え、でも、この間一緒に――」
さやかちゃんのその一言で、会話がかみ合っていないことに気が付いて、彼女が言う私の好きな人が仁王君を言っているのだと理解して、慌てて口を開いた。
「違う違う!私の好きな人っていうのは、ほら、さっき一緒にいたもっと紳士的で、王子様みたいな人の方!」
「あれ、あたしてっきり…」
ないないない。そもそも、仁王くんが精ちゃんと私を引き合わせてくれたといっても過言ではないのだ。テニス部でマネージャーをやるきっかけをくれたのも彼だった。
「でも、あの人、名前さんのこと好きですよ、絶対」
「ま、またまたあ、さやかちゃんってば、冗談がうまいんだから」
「じゃあ、どうして―――」
この後、彼女が言った一言がどうにも頭を離れてくれなかった。
「じゃあ、今日はありがとうございました!」
「う、うん。また何かあったらいつでも連絡してね」
「はい!……あ、もし、あたしが魔法少女になったら、一緒に戦ってくれますか?」
「勿論」
帰り際、頭を下げて帰路についた彼女がくるり、と振り返ってそんなことを言うもんだから、親指をぐっと立てて頷いた。笑顔で、手を振って帰る彼女を見て、どうやら、少しは役立てたようだと、ほっと胸をなでおろす。
何だか、結局、彼女の悩み相談というより、私の愚痴みたいになっていたような気がするのは気のせいだろうか。
それにしても――…。
「お前さんが、一緒に戦ったら、あの子が危ないんじゃないか」
「!?っぎゃ!」
さやかちゃんを見送り、その場で、さっき彼女に言われたことを思い返して頭を悩ませていれば、後ろからひょっこり顔をのぞかせた銀髪に息が止まるかと思った。
ずさあっと効果音が聞こえてきそうなほど後ずされば、私の頭を悩ます人物にもうちっと色気のある声出せんのか、と呆れた顔を向けられた。
「い、色気とか、何で仁王君に向けなきゃなんないんだバカ―!!」
「いって。何をそんなに怒っとるんじゃ」
持っていた通学鞄で殴り掛かれば、二度目には鞄を掴まれて動けなくなった。そのあまりにも近すぎる距離に、思わず息を呑む。改めてみるとわかる。あれだけ毎日女の子に騒がれるだけある顔をしているんだこの男は――。
「そんなに見つめられると照れるのぅ」
「ば、ばか!」
これ以上、挙動不審になっては、彼の思うつぼだ。また、からかわれて変なことを口走りそうだから、今日は相手にしちゃダメ。さっさと帰ろう。うん。今日の魔女狩りは中止。
「か、帰る。鞄返して」
「!……嫌じゃ」
「な!意地悪言ってないで返してってば!」
彼のペースに呑まれてはおしまいなのに。すっかり、彼のペースに陥ってしまった。鞄を高くまで上げられてしまえば、私の身長じゃ届かない。思いっきり背伸びしても、ジャンプしても軽々と避けられてしまう。
どんだけ幼稚なことしているのか、自覚がないのかコイツ〜。
「もう!返してっ!――!?」
「おっと」
くつくつ笑って私の反応を愉しんでいる彼から、鞄を取り返すことに必死になりすぎて、背伸びした状態で体制を崩してしまった。足を捻る、と思って力を抜いた瞬間、前のめりに体が倒れて、否応なしに彼の胸へとダイブした。
「ご、ごめ――っ」
「そう可愛い反応をするから、からかいたくなるんじゃが」
苦笑しながらそう言う仁王君が、二年前の彼とダブって見えた。久しぶりに感じた胸の痛みを知られないように平然を装う。この気持ちは、二年前に捨てた。精ちゃんを選んだあの時に捨てたの。
腰に軽く回された腕が、耳元で聞こえる彼の低い声が、その全てが私の時間を無理やり過去に引っ張り戻そうとする。
「仁王君……」
「ん?」
「そんなんじゃ、いつか本当に好きになった人に本当の気持ち気づいてもらえなくなるよ」
「!――……ああ、そうじゃろうな」
――じゃあ、どうしてあの人、名前さんの事、あんな優しい瞳で見るんですか?
もし、そうだとしても今の私じゃ、どちらにしろ応えることは出来ないんだよ、さやかちゃん。
ぎゅっと腕に込められた力が、私と彼の距離を詰めても、私と彼の心は平行線を辿る。決して交わらない道を行く――…。