「うわー……」

 窓から見えた校舎裏。よく生意気な後輩くんたちが呼び出されてしめられているのを目にすることがある定番の場所。

 今日は、いつもと違う面子がそこには勢ぞろいしていた。自分が知っているのは一人だけ。その他大勢には全く興味などなかった。

「なになに?」
「あ、晴子ちゃん」
「大変じゃない、名前ちゃん!あれ、囲まれてるの洋平くんよ!」
「うん、見えてる見えてる」

 何見てるの、と私が見ていた方向に視線をやった晴子ちゃんが慌てたように私の腕を引いた。意外と力があるの、この子。結構痛い。

「助けを呼ばないと!」
「洋平は大丈夫だよ」
「でも、数が――…」
「大丈夫。アイツは負けない」
「名前ちゃん……」

 窓際に頬杖をついてただ見守るしかしない私の横で晴子ちゃんはとても不安そうな顔を見せていたけど、本当に心配することない。

 洋平は強いもの。この学校の連中じゃ、敵うのなんてきっと花道くらいじゃないかな。あの二人が喧嘩するところなんて見たことないけど。結構ヤバそうだよね。

「ねぇ、でも、少し様子が変よ」
「え……?」

 窓の外を指さしてそう言う晴子ちゃんに意識を引っ張り戻されて洋平に目を向ける。彼女の言わんとしている事が分かって、ハッとした。

「ねぇ、名前ちゃん。やっぱり人を――って、名前ちゃん!」
「ゴメン、晴子ちゃん!これ預かってて!」
「えっ!ちょっと待って!」

 どこ行くのよー、と慌てている晴子ちゃんに眼鏡と髪を結っていたゴムを手渡し教室を飛び出して、急いで階段を駆け下りた。向かう先など決まっている。

 さっきちらりと見えた銀色に光る何かが私の杞憂で終わればいい。拳の喧嘩にあんな無粋な物持ち込むなんて、きっとただ事じゃない。

 喧嘩はやめた。洋平に、女の子として見て欲しかったから。でも、それは、洋平が笑って私の隣にいてくれなきゃ、何の意味もない事だった。

「覚悟しろ、水戸ぉおお!」
「!」
「洋平!」

 名前を呼んだ時には、目の前の男に膝蹴りをお見舞いしていた。どさりと倒れた男の手から落ちたのは、銀色に光る刃物。

「何だテメェ!」
「お前らに名乗る名なんてない!」
「うがっ」
「ぐ――っ」

 ばきっと物凄い音を響かせて次々と地に沈めていく名前が洋平の元まで駆け寄った。そうして彼に背を預けるようにして寄り添えば、背後から愉しそうに笑う声がする。

「いやー、相変わらず惚れ惚れするねぇ、お前の蹴りは」
「馬鹿言ってないでさっさと片しなさいよ」
「ははっ……背中は預けるぜ」
「任せて」

 どれだけぶりの喧嘩だろう。昔はこんな風に二人で囲まれたりもした。だけどその度に返り討ちにしてやったものだ。

 私と洋平がタッグを組んで負ける事なんてありえないのよ。
 結局その後はもう一瞬で片がついてしまった。洋平も遠慮なくぶっ飛ばしてたから、下に転がってる人は完全に病院送りだろう。

「あーあ、派手にやっちまったなぁ」
「ねぇ洋平」
「んー?」

 つんつん、と伸びている連中をつっついて遊んでいる洋平に声をかける。そうすれば振り仰いだ彼が、私をじっと見上げた。

「折角の優等生生活がパーになった上、お嫁に行けなくなったら洋平のせいだから」
「おいおい、そりゃないぜ」
「だからさ、洋平」
「何だよ」
「責任取ってよ」

 そう言えばきょとん、と目を瞬いた彼が私の差し出した手と、私とを交互に見てからぶっとふきだした。

「ちょ、何で笑って――っ!」

 手を取られ、そのまま洋平の腕の中に引っ張り込まれたかと思えば、ぎゅうっと抱きしめられた。

「じゃあ、俺の嫁にしてやるから、問題ねぇだろ。――なあ、名前」
「〜…っ!」

 そっと耳元に寄せられた唇が甘く囁いた言葉に悲鳴にならない声を上げて、どんっと洋平の背中を叩いた。

「恋人が先だ、馬鹿ぁ…っ」
「――ああ、そうだな」

 ふわりと髪を撫でてくれる優しい手と、穏やかな声音にやっと自分の気持ちに素直になることが出来た。







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