「何だお前、その恰好」
「なんか変なもんでも食ったのか」
「ぎゃははっ」

 かつての不良仲間達が思いっきり腹を抱えて笑っている。なんて奴らだ。マジでぶち殺したい。

 女は心の中でそう思いつつぎりぎりと力を込めて拳を握りこむが、その拳が繰り出されることは終ぞなかった。

 桜木集団の紅一点。彼女の名を知らぬものは、この界隈にいない。

「どした?」
「……何でもない」

 馬鹿笑いをしてさっさと行ってしまった連中を眼鏡越しに睨みつけていれば、隣に並んだ男が少し心配したように顔を覗き込んできた。

 女は素っ気なく返すだけで男の問いには答えない。ふいっと彼女が顔を逸らせば、編み込まれた三つ編みが揺れた。

 不器用な彼女なりに頑張って結っただろう髪に手を伸ばした男は、くいっとそれを引いた。その際にしゅるりとゴムが外れ、長い彼女の髪がふわりと風に揺れる。

「ちょっと、洋平!」
「ん?」
「折角頑張って編んだのに」
「俺は好きじゃねぇなぁ、その髪型」
「アンタの好みとか心底どうでもいいわ」
「連れねぇな」

 苦笑する洋平を白けた目で見上げる女の名を名前といった。

 彼女は、高校からは普通の女子高生のように恋をして、友達を作って、青春を謳歌するつもりでいた。

 だから喧嘩からは離れ、優等生としての日常を送っていたのだ。

 現に今、彼女は湘北高校で優等生としてその名が通っている。喧嘩に明け暮れていたあの頃の彼女の面影などもうどこにもなかった。

 洋平はそんな彼女が自分からどんどん離れて行くことに一抹の不安を覚えていた。だからなのか、ちょっかいをかけつつ彼女を怒らせては自分に目を向けるように仕向けている。幼馴染という関係性だけでも何とか繋ぎとめておく事に必死だった。

「花道もバスケ一筋になっちまったからなぁ」
「――晴子ちゃんの為なんじゃなくて?」
「それはきっかけにすぎねぇよ。アイツは興味ねぇことに全力注ぐような奴じゃねぇだろ?」
「まあ、確かに」

 好きな子の為に頑張って空回りするタイプである桜木花道は、彼女にバスケが好きですか、と聞かれ自身の跳躍力やガタイの大きさを褒められたことに有頂天になってバスケを始めた。

 最初はそんな経緯だった事は、今では親友に近い存在である晴子から聞かされて知っていた。あくまで名前のとらえ方なだけであって、晴子が上記のように述べたわけではない。

 学校も迫ってきてちらほらと湘北の生徒が視界に入り込んできた時だった。今まで名前の歩幅に合わせてゆったりと歩いていた洋平との距離が自然と開いていく。

「じゃあな」
「うん」

 自分と一緒にいるところを目撃されると名前の評価が下がってしまう事を気遣っての対応だった。

 不良グループに入学早々目を付けられ、花道たちバスケ部を助けるために謹慎処分なんてものまで受けている洋平は、今現在優等生として過去の自分と決別している彼女を巻き込む気はなかった。

 大事な幼馴染だからこそ、その距離感の取り方は彼なりに考えて見つけた答えだ。

 今でもお互いの家は行き来するも、登下校時に最初から最後まで一緒に帰る、という事はなくなってしまっていた。

 それが少しだけ寂しいと感じるときもあったが、幼馴染なんてずっと一緒にいるわけでもない。これが自然の形なのかもしれないと最近では思い始めてもいた。

 幼馴染を好きになるなんてことあってはならないのだと――。


「ねぇ、聞いて、名前ちゃん!」
「どうしたの?」
「もうね、この間の試合凄かったのよ。流川君がね――」

 登校してすぐ興奮状態の晴子に掴まって、延々と聞かされたのはこの間の試合での流川楓の活躍ぶり。

 花道が好意を持っている彼女が好きなのは、中学時代からずっと思いを寄せている十組の流川楓だった。

 この事実は、花道の知るところではあるのだが、あの男も諦めが悪い性格故、いまだに晴子に絶賛ラブコール中だった。

「桜木君も凄かったわ」
「また退場した?」
「ううん、今回は大丈夫」

 くすりと笑って訊ねた名前に晴子は両手を振って否定した。花道の退場の記録が日々更新されているのは桜木軍団の連中から聞かされて知っていた。

 賭け事にまでなっているくらいだから、相当やらかしているのだろうと思っていたのが、今回は無事ひと試合出ていたようだ。

「途中で交代しちゃったのよ」
「ああ、そういうことね」

 退場しなかったのは、単にコート上にいる時間が短かったからなのではないだろうか。

 そんな風に考えていれば、チャイムが鳴って皆慌ただしく席に着いた。今日も一日の始まりである。







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