襖を開けた瞬間、見た光景に、スンと真顔になるのがわかった。


目の前には一つの布団から出ている二つの頭。一つは見慣れている銀色、ということは銀ちゃんだ。そしてもう一つは黒髪の長髪。流れるような髪が布団からはみ出し畳に散らばっている。


「んん……、なんか、温か……っ!?げえ!?」

「銀ちゃん、不潔」

「ハッ……!名前!?」

「そういうことは、お店とかホテルとかでどうぞ」

「ちょ、待て!これは誤解だ!」


手を伸ばす銀ちゃんの浴衣の前ははだけ、ちらちらと肌がのぞいている。起き抜けでメガネをかけていないことが悔やまれる。絶対に色気たっぷりだ。その色気全開な銀ちゃんの横に寝ている女の人に、苛立った。


ツンと顔を背け部屋から出ていく。この家にいるのも嫌すぎて、机の上に置いたままだったメガネだけを鷲掴んで部屋を飛び出した。


鬱々とした気分のまま江戸の町を歩く。


銀ちゃんと一緒に働き始めてからどれぐらい経っただろうか。神楽とか新八とかと一緒にドタバタな日常を送りながら、この天人が練り歩く町を駆け回ってきた。その中で、いつのまにか銀ちゃんのことを好きになっていたけれど、だってあの銀ちゃんだ。甘いもの大好きで、糖尿病寸前。年齢すらよくわからないけれど、この廃刀令のご時世でも木刀を持ち歩いていて、万事屋なんてものをしている。子供みたいな大人だけれど、一本芯が通っている侍。助けられることも多く、それと同じくらいバカなところも目にする。結構サイテーなことを平気で言うし、まるでダメな男、略してマダオだし。結野アナのファンだし、ドスケベだし。あれ、なんで銀ちゃんのこと好きなんだろう。


そんなことを考えながら歩いていたからだろう。周りを全く見ていなかったせいか、通りの角を曲がったところでドンと何かにぶつかった拍子に尻餅をついた。ついでにメガネが外れてしまったらしく周りはぼんやりとぼやけてしまっている。


「ああ!?てめえどこ見てほっつき歩いてんだ!」

「メガネ……」

「あー、肩がいてえなあ!こりゃ折れてるかもなあ!」

「メガネ……」

「慰謝料が必要だなあ!って聞けよお前えええ!!」


地面をパタパタと叩きながらメガネを探してみるもどこにも無い。視力が壊滅的にない状態なので生きていく上でメガネは必須なのだけど、どこにも見当たらなくて困ってしまった。


「おい、姉ちゃん!聞いてんのか!?」

「名前の弟はもう死にました」

「あ、それは悪いことを、ってそうじゃねえだろ!?」

「あのお、この辺にメガネ落ちてない?」

「ああ??ああ、これのことか。おい、姉ちゃんこれを返して欲しければ」

「弟は今、刑務所ですが」

「お前の弟何やったのお!?だから俺はお前の弟じゃねえ、っていうか死んだんじゃなかったのかよ!」

「何の話?」


首を傾げれば目の前の相手は喚き出す。早くメガネ返してくれないかなあと思っていると、目の前の存在が突然倒れた。


「路地裏で女が絡まれてるっつう通報があったから来てみれば、万事屋のところの女じゃねえか」

「あ、マヨネーズのお化け」

「誰がマヨネーズのお化けだ!助けてやった恩人に礼の一つもねえのか!」

「マヨネーズのお化けさん、ありがとうございました。おとといきやがれ」

「おいいいい!」

「それより名前のメガネない?」

「本当に自由人だな。今日は一人なのか」

「……散歩してただけ」

「あっそ」


ふわりと届いたタバコの匂いに顔をしかめる。


「あーあ、メガネバッキバキに壊れてるぞ」

「え……」


ほらと手渡されたメガネを目に近づけてみる。確かにところどころヒビが入っているようだった。掛けてみるとわずかに見えるが、かなり見にくい。これじゃあ家に帰れるかすら怪しい。


「あ」

「あ??」


そうだ、と思いついて口を開くと、それにマヨラーがドスの効いた声で返してきた。


「マヨネーズお化け、車でしょ。送ってって」

「お前さらっというけどな、パトカーはタクシーじゃねえんだよ!どっかでタクれ!」

「おいおいおい、なあにうちの名前ちゃんを苛めてるんですかー。ケーサツが聞いて呆れるぜ」

「銀ちゃん!」


後ろから銀ちゃんの声がして振り返る。でもぼやけた視線の中ではどこにいるのかわからなくて声を頼りにして喋りかけた。


「なんでここにいるの?」

「おーい、それはゴミ箱だぞ、名前」


こっちだと腕を引かれ向かい合う。たしかにぼやっと見える銀色の何かに目をこらす。でもよく見えなくてさらに近づいてみるとようやく銀ちゃんっぽい影になった。


「なあ、近くね?このままだとあれだよ。唇と唇がごっつんこしちゃうよ?俺はそれでもいいけど、むしろ大歓迎だけど!」

「あ、本当に銀ちゃんだ」

やっと銀ちゃんだと確信が持てて体を離す。


「つうかお前、メガネはどうした?」

「かくかくしかじかだよ」

「ああ、なるほどな」

「通じんのか!?」

「俺と名前は以心伝心してるんですぅ〜。っていうかこの状況見たら大体わかるだろ」

「以心伝心してねえじゃねえか!」


うるさい土方は放っておいて銀ちゃんに向き直る。その瞬間、すっかりマヨネーズおばけのせいで忘れていた朝のことを思い出した。


「……名前に何の用?」

「お前、いきなり飛び出していく奴があるかよ。あとあれは誤解だから。朝の奴は、俺も知らないうちにだな」

「知らないよ!不潔!変態!」

「ばっか、ちげえよ!お前メガネしてなかったから見えなかったかもしれねえけど、あれさっちゃんだからな!?」

「そんなん言い訳になるわけないでしょ!とにかく、ほっといてよ。名前はこれから大串くんとランデブーしてくるんですぅ〜」


大串くんの腕を掴むとタバコ臭くて、顔をしかめた。


「大串じゃなくて土方だ!」

「ら、ランデブーだと!?そんなん許しません!おいお前、何うちの名前ちゃんを非行の道に引きずり込もうとしてんだよ!それでもケーサツですかあ!?」

「完全なるとばっちりじゃねえか!」

「名前が誰と何しようが銀ちゃんには関係ないでしょ!」

「ナニなんてさせるわけないだろ!俺がやりたいわ!」

「ホントにサイテーっ!」

「だあもう!好きな女が他の野郎とデートなんて許せるわけねえだろ!」


ぐいっと銀ちゃんに腕を引っ張られ、大串くんから離れさせられる。そのまま至近距離で目があった。名前の視力でも見えた赤い瞳に、その距離の近さを知る。


「え……」

「あー、もう、分かれよ!わざとですかコノヤロー!俺がどんだけアピっても 気づかねえとか、王道ヒロインかよ。天然アピールか?神楽や新八はいち早く気づいてたっつーのに、フラグクラッシャーめ。」


銀ちゃんがぶつぶつ何かを言っているが、名前の耳には全然入ってきていなかった。だって、聞き間違えじゃなければ銀ちゃんが……。そんなことある?幻聴?


「……言っとくけど幻聴でも、偽物でもないからな。俺は本物で、俺は本気でお前のこと好きだから。わかった?はい、リピートアフターミー!銀ちゃんは、名前が好き」

「……銀ちゃんは、名前が、好き……?」

「そうそう。で、お前は?まあYESしか聞かねえけど、お前の気持ちなんてこっちには筒抜けなんだよ」


繰り返し言わされた言葉によって漸く頭に入ってきた。銀ちゃんが私のことを好きと言ったのだ。それに舞い上がり、私は諸手をあげた。


「うん、名前も好き!」

「え、ホント!?いやー、照れるなあ、おじさん」

「てめええええ!マダオがなんでここにいやがる!?大事な場面が台無しじゃねえか!せっかく初の名前の告白を!!つうか、名前もさっきまでこっち向いてたよね?なんでいきなり方向転換!?」

「?……マダオの気配がしたから?」


あれ?正面からじゃなくて横から銀ちゃんの声がする。


「俺の判断基準マダオ!?ってかそれどんな気配だよ!世の中マダオがどんだけいると思ってんだお前えええっ!」


どうやら何か間違っちゃったらしい。首を傾げている名前の肩を掴んできたのはたぶん銀ちゃん。相変わらずぼやけすぎていてい何も見えない目を細めてよく見てみようとする。しかしその前に手を握られ引っ張られた。


「いいから帰るぞ。ったく、埒が明かねえ」

「銀ちゃん、メガネ」

「あー、はいはい。家にまだストックあんだろ。家までは俺がいりゃ大丈夫だろうが」

「うん。銀ちゃん好き」

「……小悪魔か」


ぼそりと何かを呟いた銀ちゃんを見上げ首をかしげる。なんでもないと言うから、ならいいかと銀ちゃんの腕にすりよった。普段だらけているくせに、筋肉質な体は寄りかかっても倒れたりしないから安心感がある。それに銀ちゃんの匂いは好きだ。普段から甘いものを食べているからか、洋服からもちょっと甘い匂いがする。あと、銀ちゃんの匂いもする。


「おいおい、いつもはふらふらどっかいくくせに……。甘えたい時期か?」

「今はくっついてたい気分〜」

「あっそ。存分にどーぞ」


繋がれた手を、指を絡める形に変えて、銀ちゃんに密着しながら歩く。そうやって一緒に帰るのはなんだかいつもより楽しかった。







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