「切れた……」 「なっ!何故だ!!」 「お前が横から奪おうとするからッショ!」 巻ちゃんの言葉に頭を抱える。そもそも何故、俺の電話に出ないのに、巻ちゃんの携帯でかけたら電話に出るんだ。おかしくなはいか!? しかも、俺の声を聞いて電話を切ったな、名前。 「東堂、名前チャンただ迷子になったわけじゃねぇな?」 なにしたんだよ、と言葉から音となって聞こえて来るそれにぐっと言葉に詰まる。真実など口が裂けても言えん。 俺の器のでかさが疑われる! 「ま、迷子になったんだ。少し目を離した隙にな」 「じゃあ、何で、お前の名前聞いて直ぐに通話きれたんだァ?」 「そんなことは俺がききたい!」 全く、本当に頑固な奴だ。 俺が悪い。悪いが、名前だって悪いぞ。俺と一緒にいるのに、俺の隣を歩いていいのは、お前だけなのに。 それなのに…… ―『私と居たら、尽八君まで評価下がっちゃうのかな……』 下がるわけなどないだろう。 ―『ロードのことなんて、何も分かんない。尽八君がどれだけ凄いのかって、それも、うまく説明できない』 当然だ。お前は、登れる山神としての俺を好いてくれたわけではない。俺、東堂尽八という人間を好きになってくれたのだろう。 ―『巻島さんと話させてほしい。私、彼に会ってみたいの』 ……っく。 巻ちゃんは俺には及ばないにしても男前なんだ。まあ、目つきは悪いし、愛想笑いも出来ねぇし、いろいろ紳士としては駄目なとこ一杯だけど、根はいい奴だし、話せば、仲良くなれば、きっと名前は――。 ―『巻ちゃんに会いたいから、だから千葉に行こうと行ったのか!俺は二の次にして、別の男に会いたいっていうのかよ!!』 ―『なっ、そんなこと言ってない!尽八君だって、巻ちゃんに会わせたいって、そう言ってたじゃない!』 ―『俺の彼女としてならいくらでもそうする!だが、お前は個人で、俺の恋人としてではなく、巻ちゃんと話したいと言った!』 ―『彼女だって言ったら、そうしたら、巻島さんだって、話辛いでしょ?遠慮とか、いろいろしちゃうでしょ?』 ―『ならんね!絶対!俺は認めんよ、名前。直ぐに帰るぞ!』 ―『や、やだ!』 ―『名前!!』 思わず頭を抱える。 思い出してみれば、これはただの嫉妬だ。巻ちゃんが名前をそんな風に見るはずないのに。名前が、巻ちゃんに会いたいのだって、きっと何か訳があるんだろう。 「東堂、お前。俺に嫉妬でもしてんのか」 「な、何を言う!巻ちゃん!」 「クハッ。図星か。いつものポジティブ精神はどこいったよ」 何故わかるんだ! 俺は何もしゃべっていないぞ! 嫉妬といっても、俺は、俺は――。 「あ、パーマ先輩たち戻ってきたで!」 「ほんとだ!あれ、誰か一緒にいる?」 「誰だ、あの女」 ハッとして振り返る。 そこにいたのは、ずっと捜していた、今もなお俺の頭を悩ませる存在だった。 「名前……」 「手嶋君、青八木君、ありがとう」 「いえ。このくらい何ともないです」 「はい」 尽八君の消え入りそうな声が私の名前を呼んだ瞬間、総北高校の人たちの視線が一斉に集中した。ちょっと怖いな、と内心思いながら、連れて来てくれた二人にお礼を言って、尽八君の隣で、呆れたように彼を見つめている玉虫色の髪をした男の人に視線を移す。 たぶん、この人が、巻島さんだ。じっと見つめていたからか、視線に気が付いた彼がふとこちらに視線を投げる。でもそれは直ぐに逸らされた。 どこか気まずそうにする彼にはたぶん、喧嘩して迷子になった私のいきさつは伝わっていないだろう。 「じ、尽八君。あ、あのね」 まだ怒ってる? ここへ来たこと、偶然だったけど、巻島さんに会いに来たって、誤解してるかな。 そう思ったら、怖い。 また、あんなふうに怒鳴るように名前を呼ばれるのが怖い。 怒らせてしまったのは私。 でも、私の言葉にもう少しちゃんと耳を傾けてほしかったのも本音で。 直ぐそこにいる。 でも、一歩が踏み出せない。 怖くて、顔も俯けてしまっていた私は震える声で彼の名前を呼んだ。 呼んで、呼んで、言いたいことはあったのに言えなくて、どうしよう、どうしよう、とそんなことを考えて固まっていれば、ふわりと香ったそれと、包まれたぬくもり。 風のように一瞬で私の元へ来たその人は、本当に人目も気にしないで、逞しい腕に私の身体を抱き寄せた。 「すまなかった。俺が全面的に悪い!」 「じ、尽八君……。お、怒ってない?」 「怒っているはずがないだろう!――心配した」 ぎゅうっと強まる抱擁。 心地のいい温もり。 不安で冷えていた身体が彼の温もりに触れて回復していくようだった。そっと彼の服を掴む。 「ま、巻島さんに会いたかったのは……、尽八君の事、聞いてみたかっただけなの。彼女としてとかじゃなくて、尽八君の事大好きな一人の女の子として、もっと知りたかっただけ…っ」 「!……ああ、疑ってすまない(くぅ!!何て健気な!可愛すぎるぞ、名前」 「――(それで嫉妬か。よっぽど惚れこんでるんだなァ、東堂は」 尽八君の優しい声が耳に心地いい。低すぎない少し高めの癖のある声。真剣なトーンになると落ちる声は、とても透き通っていて、彼の外見に伴った美声。 私の大好きな声。 「名前、紹介するよ。俺の永遠のライバル。総北のエースクライマー、巻ちゃんだ」 「は、恥ずかしい紹介すんなッショ!!」 「何を照れる必要がある!」 「巻島さん、初めまして、えっと、さっきは突然電話を切ってすみませんでした。あの、名前です」 「あ、ああ。いいぜ別に。東堂がなんか悪かったな。あんたもいろいろ苦労すんだろ」 「?……いえ。ほんとに、尽八君、優しくて。私なんて、ほんっと勿体ないなあって」 苦労するだろう、とそう彼女に向けた言葉は、きょとんとした顔で受け流され、あろうことか、幻聴かと疑いたくなる単語と共に返された。 優しいのは、まあ、そうだろう。惚れた女を突っぱねるような男でないのは、付き合いで分かる。だが、この男はポジティブであるが故に、猪突猛進型であるが故に、とにかく直球勝負なのだ。 「私、ロードのこととかもあんまりよくわからなくて。でも、尽八君は、学校生活で一杯助けてくれたから。私、少しでも彼の事支えたくて、よく話にでてくる巻ちゃんに会いたかったんです」 「た、助けてるの間違いじゃねぇのか?」 「巻ちゃん!!」 東堂が助けるところなんざ、想像もできないっしょ。 けど、まあ――。 「尽八君、電話でなくてごめんね」 「もういい。今、こうして俺の隣にいてくれるなら、それでいい」 「うんっ!」 デレデレしてる東堂なんてレアなもん見られたのは、結構面白かったっしょ。 「巻島さん、よかったら、これから一緒にでかけませんか?」 「……?」 「なっ!名前、お、俺だけでは物足りんというのか!?」 「え?だって、尽八君、巻島さん、大好きでしょ?」 「そ、それとこれとはだな!」 「私より、大好き……でしょ?」 「何を言う!お前のことは愛している!そもそも比べるものが違うだろう!」 「は、恥ずかしい事こんな人一杯いるところで言わないでよ!」 ああ、何か。 オーラがピンク色だな。 この二人、いっつもこんな感じかァ?箱根のお姫さんは、無自覚天然ちゃんだな。東堂も東堂で、周りが見えなくなるところがあるからな。 ―迷子の子猫ちゃん 犬のおまわりさんだあれ?― 『子猫ちゃんみーつけた』 あっ!名前!てめっ! あー、名前さん!無事だったんですねー! !?何故、お前たちがここにいる!? 金城、邪魔をしたな いや、構わない。練習は終わっていた 名前、迷子になったんだって?大丈夫だったか? 新開君!聞いて!荒北君ってば、電話途中で切っちゃうんだよ! 靖友。お姫様を不安にさせちゃダメだろ はぁあ!?どこにお姫様がいんだよ!!つーか、もとはといえば、東堂!てめぇが、悪いんだろーが! むっ。 じ、尽八君じゃなくて、私が悪いの! なあ、小野田くん な、なに?鳴子くん 王者がなんや、ちっさく見えんか う、うーん 女一人で大騒ぎか。それだけ、あの人が箱根学園にとって、心の支柱なんだろ お前がそんなこと言うなんて、今から雨でも降るんかい! |