「よっし、今日は席替えだ。くじは作っといたから、お前らで適当にやってくれ!その後は、自習なー」 そんな適当な指示をして教室から出ていった担任。教卓の上には小さい籠に無造作にくじの紙が散らばっていた。 「えーっと、じゃあ、適当にくじひいてこうぜ」 学級委員の男の子が前に出て面倒くさそうにそう言った途端、がたっと席を立つ音が教室に響いたかと思えば、我先に、とくじを引きに行く人で大きな波が出来る。 それを何となしに見つめていれば、いつの間にか近くにきていた東堂君が、空いた私の隣に腰を下ろした。 「東堂君?行かないの?」 「残り物に福ありというだろう」 「最後に引くの?」 「いや、最後は名前に譲るぞ。俺は最後から二番目だ!」 「けっ。何だよそれ。つーか、くじなんて無視して、好きな席でいいじゃねぇか。どーせ、センコーもいねぇんだしよ」 まあ、荒北君のいうことももっともだけど。そうすると、たぶん、争奪戦になると思う。いろんな意味で。特に今、私の隣に座ってらっしゃる方の左右前後。 「おー、荒北にしては機転が利くな。俺もそうしたい」 「おい、東堂。お前、そんなことしたら、女の中で壮絶なバトルになるだろーが」 荒北君と東堂君の会話が聞こえていたのか、学級委員長が呆れた溜息とともに、私が思っていたことを代弁してくれた。 「俺の隣は、もう決まっている!後は好きにすればいい」 「はぁ?相変わらず勝手な奴だな」 東堂君の隣って誰だろう。前に言ってた東堂君の好きな子って、このクラスにいるのかな。それだったら、こんなの公衆の面前で告白しているようなものじゃないだろうか。 これだけ派手なアプローチでもその子は振り向きもしないのかな。 「と、東堂君。誰の隣がいいの?」 「荒北君とか?」 「何で俺だよ!?絶対やだ!!」 「何をそんなに照れているのだ、荒北」 「照れてねぇよ!!普通に考えて部活以外でお前と関わりたいとか思わねぇだろ!」 言い争いを始める二人をおろおろ見守っていれば、ふと、彼の視線が私に向けられた。自然な流れでそっととられた自分の両手は、彼によってぎゅっと握られて。 「名前、俺と隣の席になってくれ」 「え?」 まるで愛の告白でもされているような、はたまた王子様がお姫様にダンスを申し込んでいるような、そんな錯覚をさせられてしまう彼の甘い囁きに、クラスの女の子からは悲鳴のような嘆きが響き、男の子からは、抗議の声が上がった。 そして、荒北君からはものすっごい深い溜息。 「俺の隣は名前の他にない。お前でなくては駄目なんだ」 「あ、あの…っ」 だから、何でそんな……。 自分の体温が急激に上がっていくのを感じる。目の前の男は、真っ直ぐに私を見つめ、周りの声など聞こえていないかのように、ただ私の返事を待っていて。 これって受け容れても、断っても、結末は変わらないような、なんて自分の身を案じずにはいられなかった。 「はい、却下ー。名前をお前なんかの餌食になんかさせっかよ。委員長、やっぱ公平にくじでいこうぜー」 「当然だ」 「な、なに!?俺は認めんぞ!」 くじになってほっとしたのもつかの間、いまだ握られている手は、離されることはなく、そんなことなど忘れてしまったかのように委員長と言い争っている東堂君は、急に立ち上がった。 え、と思った時には私も引きずられていて。 ぽすっと、大好きな香りと温もりに包まれて……。 「あ……」 「すまん、名前。手を握ったままだったな!」 「え、あ…っ」 「ん?どうした?顔が赤いぞ」 「と、東堂君のバカ!!」 「へ……あ、おい待て!名前!」 きょとん、とした顔して! そんな可愛い顔したって許さないんだから! 彼の手を振り払い、引き留める声も振り切って教室から飛び出した。授業中だとか、そんなことはすっぽり頭から抜けていて、ただ一人になれる場所まで走った。 だけどそれは、叶わなくて。 パシッと、響いた音。 手首を掴む熱い熱。 「は、放して……」 「放したら逃げるのだろう」 強くつかまれているわけじゃないのに、振り払おうとしてもそれはできなくて、いつもよりどこか低い彼の声に後ろを振り返る勇気もなくて、自分がさっきぶつけてしまった言葉に今更後悔したりして。 「名前は、そんなに俺の隣の席が嫌なのか?」 「そうじゃなくて……」 「事故とはいえ、俺に抱きしめられたのが不快だったか」 「!そんなわけっ……!」 勢いで振り返ってしまった私が目にしたのは、いつもの彼からは想像できないような表情で。その表情を見た瞬間、心が締め付けられるような思いがした。 どうしてそんな顔するの。 「東堂君ずるいよ……」 「ずるい?」 「東堂君、自分がどれだけかっこよくて、優しくて、鈍感なのか知ってる?」 「ど、鈍感!?それは俺ではなくてお前だろう!」 「な!何よそれ!」 最後の一言にだけ物凄い反応示して言い返してくる目の前の彼は、さっきのような泣きそうな顔を晒してはいなかった。 森深くにある泉のような静かな瞳を濁してはいなかった。 「私の気持ちも知らないで、好きな人の相談とかするし!それなのに、私に優しくしたり、さっきみたいに気を持たせるようなこと平気でいうし!それに、それに、こんな風に追いかけ――!」 「もう黙れ。黙らんと、その口塞ぐぞ」 腕を引かれた。そう思った時には再びさっき感じた温もりに包まれていた。今度は事故ではなく、故意的に。 耳元で囁かれた言葉が頭の中に木霊する。 低く制するような声。それでいて、優しく諭すような、甘い調べ。 「これほどの美形で、山さえ味方につけるこの俺をここまで振り回した女はお前が初めてだ」 そっと後頭部に回った手が緩やかに私の髪を撫でた。その感覚がとても心地よくて、彼の胸に押し付けられるように当る耳が拾った心音が早いことに、言葉を挟むことなんてできなかった。 「名前、いい加減、俺の気持ちに気づけ。俺を好きになれ」 「!……ふふっ」 「な、何がおかしい!人が真面目に、こ、告白をしている最中に!」 ドキドキ言ってる彼の心音が教えてくれた。私をどれだけ想ってくれているのか、とっても勇気を出して今の言葉を声にして届けてくれているのか。 そう思ったら、自然と身体が動いた。 彼の腕の中でもぞもぞと動けば、少し身体を離してくれた彼が私を覗き込むように見下ろす。 その顔は真っ赤で、それでも抱擁自体を解かないのが、彼らしいなんて思ってしまう。 「東堂君のことが好きです」 少しだけ背伸びをして、彼の首に腕を回す。驚いたように一瞬身を強張らせた彼は、私がしがみつくように抱き付けば、少し身を屈めて、私の身体をぎゅうっと抱きしめてくれた。 「俺の方が大好きだ!」 「それは譲らないもん」 こうして晴れて、二人は結ばれました。 じゃんじゃん、と私と東堂君の恋物語は終わるはずだった。 「見せつけてくれちゃって。二人とも、今、授業中だって、忘れてないか?」 「し、新開君……?」 気が付けば、教室から顔を覗かせる生徒がたくさんいて、抱き合っている私たちに泣き崩れる女の子もいれば、はやしたてる子もいて、はたまた祝福の言葉を送ってくれる子もいて。 でも、今は授業中で。 「お前たち、いい度胸だ」 「あ……」 先生が青筋を立てて私と東堂君の名前を呼んだ。雷が落ちたのは言うまでもなく、学校の廊下で派手に告白劇を繰り広げた私たちは一躍箱根学園の公認カップルとなり、職員室でこってりお説教された。 ―後日談。 「ねえ、荒北君。結局席替え、東堂君のわがまま通したの?」 「んなわけねーだろ」 「え?でも、私と東堂君、隣同士になってるし……」 「くじ引きはした。二回もな」 「?」 「二回隣同士を引き当てるとは、これはもう運命だな。名前、天は俺たちを祝福してくれている!」 「どういう意味?」 「くじ引きを二回した。公平に。一度目は、裏でが策してるんじゃないかとか、贔屓だとか煩い文句があったから。で、二回連続、お前と東堂が隣同士を引き当てたわけだ。当人たちが関与しないところでな」(委員長) 「す、すごい偶然……」 「だから運命だと言っているだろう!!」 「うるせぇよ!!」 取り敢えず、上機嫌な隣人は、私の隣を独占できて、とても満足しているようです。 ―席替えで二度連続 隣の席になった― 巻ちゃん!聞いてくれ!! あー、何だ?名前ちゃんか そうだ!よくわかったな! ……それ以外にないっしょ 聞いて驚け!俺たちは両想いだったぞ! そうか ま、巻ちゃん!反応が薄くはないか?もっとこう、あるだろ! まあ、よかったな !ああっ。本当に幸せだ。天にも昇る思いとはこのことだな! クハッ、天にめされりゃ、お陀仏だな。山頂は天に一番近いっしょ。 何を言う!天に昇ってしまえば、名前に会えなくなるではないか! ハイハイ。じゃあ、続きは名前ちゃんとでも話せよ つれないぞ! 今何時だと思ってんだぁ?俺はねむい。もう寝るっしょ ん?そうだな。寝不足は美容に悪い!すまんね、嬉しすぎてね! ……おめでとさん !…ありがとう、巻ちゃん |