「課題ノート集めまーす!教卓の上に提出してください!」 今日はクラス当番。 一日授業の準備だったり、片付けだったり、資料運びやら、課題回収やらに追われる一日なのです。 また、困ったことに、私と一緒に当番の子が、お昼から早退しちゃって、一人でぱたぱた動き回る羽目になってしまった。 午後からの方が移動教室とかあって、いろいろ大変なんだけど。 はあ、と小さく溜息をこぼして、教卓に積まれたノートを見る。あらかた提出されたらしいその数は、クラスメイトの数と一致しなかった。 未提出者がまだいるようだ。 まあ、一名はすぐに分かるんだけどね。 「荒北君、提出した?」 「あぁ?」 「ガン飛ばしても駄目だからね」 「ちっ。……名前、ノートうつさしてくれ!」 「自分の力で解かねば身にならんぞ、荒北」 そう言って、かっこよく登場した東堂君は、さっと私の手から積まれたノートをひょいと持ち上げると、自分のと一緒にして荒北君に再び催促している。 て、何ぼけっとしてんだ私! 「と、東堂君!」 「荒北は我が自転車競技部の部員だ。部員の不始末は部で責任を取るよ。これは俺が責任をもって職員室まで届けよう」 「で、でも。東堂君、当番じゃないでしょ?も、申し訳ないし……」 「では、俺が当番の時に一緒に何か手伝ってくれ」 「それはいいんだけど。じゃなくて、そんな、東堂君にもたせるなんて!」 「意外と頑固なのだな、名前は」 「じゃ、じゃあ、半分ちょうだい?一緒に運ぶ」 こんな時、非力な女の子は、男の子の厚意に甘えればいい。それが女の子らしくて可愛らしいんだと思う。 でも、私はそんな風にはなれない。 「お前ら見てっと、むず痒いんだけど」 「わっはっはっは!そう僻むな。このポジションは誰にもやらんぞ!」 「ポジション?」 むず痒いってなんだろう。 鳥肌たった、みたいに両腕をさすってみせる荒北君の言葉もよくわからないけど、東堂君の言ったポジション、というのも何を指すのか分からない。 部活の話でもしてるのかな? 「名前、お前ほんっと一年の時から変なのに好かれるな」 「え?」 「なに!?それは聞き捨てならんな!」 結局、チャイムと共に収集したその場は、東堂君に押し切られる形でノートを届ける役割を任せることになった。申し訳ないと思ったけれど、彼の厚意をこれ以上無下にするのも失礼かと思って、言う通り引き下がった。 絶対、東堂君のお当番の時は手伝うからね! *** と、意気込んでいたけれど、彼という人物を少し甘く見ていたようだ。 「東堂君!何かお手伝いするわ!」 「今日も朝から練習で疲れているでしょう?」 女の子に囲まれている彼を遠巻きに見る私と荒北君。うぜぇ、としかめっ面をしている荒北君を苦笑しながら宥めていれば、彼はふと真剣な顔をしてこちらに視線をよこした。 「なあ、名前」 「なあに?」 「あれ、見てて嫌じゃねぇの?」 「どうして?いつものことでしょ?」 「……お前さ、東堂の事、どう思ってんだよ」 「え、な、なに、急に」 心臓に悪い発言はやめてほしい。 荒北君の目が探るようにこちらを見つめるのをフイッと顔を逸らすことで回避した。さっきから心臓がバクバク煩い。 荒北君てこういうこと鈍いかと思って、平気で相談とかしてたけど、最近のはやっぱりあからさますぎたかな。 新開君は私の気持ち知ってるから、応援するよって、ことでいろいろ相談に乗ってくれてたけど、クラスが違うからって、近い存在の荒北君を頼ったことがまずかったか。 「ま、俺はアイツなんかにお前やりたくねぇんだけど」 「え?」 「でもやっぱ、お前は笑ってる方がいいしよぉ」 ぽんぽん、と優しく頭を撫でてくれる彼をそろっと見上げる。これは、励ましてくれてるんだろうか。 不器用な彼なりに、私の実ることのない恋を応援すると言ってくれているんだろうか。 「ありがとうっ、荒北君!」 「!?う、お、おう」 今度は荒北君がフイッと顔を背けた。口元を手の甲で押さえて隠そうとしても、耳が赤いから隠しきれていない。そこも彼らしいけど、何ていうか、普段とのギャップがあって、可愛い。 「ふふっ。荒北君って、口は悪いけど、素直だよね」 「あぁ!?喧嘩うってんのか!」 「褒めてるのに」 と、あ! こんなゆっくりなごんでる場合じゃなかったんだった! 「私、図書当番あるんだった!」 「昼休みにかよ」 「そうなの!ほら、今日週末じゃない?クラスに貸し出されている本返却して新しいのと交換!」 「あー、そういや、そんな面倒な仕事もあったな」 頑張れよーとひらひら手を振って送り出してくれるのはいいけど、ちょっとは手伝おうって思わないのか、この! クラス貸し出しの量はそんなに多くないものの、2、3冊、ではないのだ。しかも、今週に限って重たい本がぎっしりと詰まっている本棚を見て、小さく溜息をこぼす。 しかもね、本棚って、東堂君の真後ろなんだよね。今、女の子に囲まれて近づきたくない状況だってのに。まあ、仕方ないんだけどね。 こんなことで胸痛めてたら、彼の事密かに想いつづけるなんて出来っこないもの。 席を立って、真っ直ぐ本棚まで歩みを進める。囲んでいる女の子にごめんね、と声をかけつつ何とか本棚まで歩み寄れば、じっと見つめる視線を感じて顔をあげる。 「それを運ぶのか?」 「え?」 東堂君だった。 さっきまで笑顔で女の子と会話していたのに、今は眉間に深いしわ。何だか機嫌の悪そうな彼に囲んでいた女の子も困惑した顔をしている。 これって、もしかしなくても、私が空気を壊しちゃっただろうか。 「ごめんなさい!すぐどくから!」 彼に嫌われたくない。興味を持たれないのは構わない。でも、嫌悪感を持たれるのだけは嫌だ。そんなことになったら、私……。 そう思ってさっと本棚から本を引っ張り出し重ねると、持ち上げる。ずっしりと腕にかかる重みに顔をしかめそうになるが、そんな顔を彼の前に晒すわけにはいかない。 早く退散しようと、彼に背を向けて教室から飛び出した。 「すまんね。ちょっと図書室に用を思い出した!」 「え!」 「東堂君!」 後ろから聞こえてきた声に思わず足を止める。教室から飛び出して数歩。教室のなかからは死角になるそこで足を止めていた私に近づく足音。ぴたりと後ろで止まったそれに心臓が大きく跳ねた。 「名前」 「!……っ」 「一緒に行かないか?今ならオプションでそれは俺が運んでやるぞ!」 何がオプションだ、もう。 くるりと振り返って、彼を見上げれば、憎たらしい程カッコいい笑顔つき。さっきの眉間のしわなどもうどこにもなくて、私を見つめる彼は、とても優しい顔をしていた。 「ん?」 「一緒に行く」 「そうか!では行くぞ!」 スッと軽くなる腕。 私の隣に並んだ彼の腕には積み重なった本。 重みなど感じさせない軽やかな足取りに改めて男の子なんだなあ、と感心する。ただの男の子でないのは部活や大会での彼を目にすれば、わかる。凄く鍛えているのも、普通の人よりずっと努力を重ねてるのも。 「ありがとうね、東堂君」 「礼はいらんよ。図書室に行くついでだからな!」 「ふふっ。そうね。でも、私が嬉しいから、ありがとう」 「!……ああ」 貴方と笑顔を交わせる日が来るだなんて思いもしなかったの。こんな風に肩を並べて歩ける日が来るだなんて、幸せすぎて涙が出そうだよ。 ―重い資料運びをしていたら さりげなく手伝ってくれた― 尽八も健気だねぇ 何覗き見してんだよ いや、ちょっと名前に用があったんだけど、もういいかな 東堂の片想いももう、かれこれ三年か 寿一、それはちょっと違うんだ ん? あれで両想いなのに気づかねぇ鈍感二人だから中々くっつかねぇんだよ 傍から見れば丸わかりだけどな そうだったのか フクちゃん気づいてなかったのかよ! ははっ。まあ、寿一はあまり名前と接点がないからな |