「今日から教育実習で世話んなる。松岡凛だ。女みてぇな名前だが、男だ。担当は英語だ。宜しくな」


正直、初見はあまり好印象ではなかった。女子高に男の先生が教育実習ってだけでもあれなのに、言葉遣いだとか、目つきだとか。髪が赤いことだとか、まあいろいろちょっと問題のある人だと思った。

でも、彼の授業はとても分かりやすく、何より楽しかった。実践的な会話術だとか、日本の固い英語ではなく、本場の英語を学べる時間が自分の為にもなって、とても充実した時間を過ごせていた。


「松岡せんせー!ここわかんなぁい」

「今日の放課後付き合ってよ!」

「あ?しょうがねぇな。ちょっとだけだぞ」

「わーいっ!」


先生は放課後、用がなければさっさと学校を後にしている。何でも、水泳の為らしい。オリンピック目指すほど凄い人だと聞いたけど、何で教育実習生なんかしてるんだろう。

将来の夢があるのに、教師の資格をとってどうするのだろう。

保険というやつなら、まあ、わかるけど。


顔よし、性格よし、授業よし。将来有望。ここまで揃えば、ここの生徒が松岡先生を放っておくはずもなく、短い二週間という期間で何とか先生に近づこうと必死になっている。


頑張ってるなぁ、と遠目に見ていた私もまた、いろいろと策略という物を巡らせているわけだが、今のところあまり効果は見られない。


「ね、名前って、松岡先生に興味ないの?」

「んー、なくない」

「あら。じゃあ、なんで大人しくしてんのよ」

「んー、なんかあの人、ちょっとやそっとじゃ、動じなさそうだし」


大人の男の余裕?
そもそも、ここへは何か義務的なことで足を運んでるだけで、授業も義務で、私たちとの交流もまた、ただの義務のような感じで。

線引きがとてもうまいのだ。


私たち生徒が一歩を踏み込めないようにうまくかわして、けん制している。こういうことに慣れているみたいな、そんな空気があって、私たちを生徒としか認識していない。

まあ、それは当たり前なんだけど、何だろう。


「あ、バイトなんだった!じゃあ、帰る!」

「あ、うん。頑張ってー」


とにもかくにも、難しい人だ。友達に別れを告げて急いで帰路につく。家に駆けこんで着替えをもってバイト先へと走る。何とかぎりぎり滑り込んだバイト先で和服へと着替えれば、誰も私を高校生だなどと思うまい。

ちょぴっと化粧して歳ごまかしてもぐりこんだ職場で、一人だけ事情を知る仲のいい先輩―菜穂さんが笑顔で迎えてくれた。


「今日ね、急に予約一杯入ってちょーっと忙しいかも。帰り遅くなっても平気?」

「大丈夫です。煩く言う親もいないし」


苦笑してそう言えば、菜穂さんは少し心配そうな顔を見せたけど、ほっとしたような顔をした。要は人手が足りないのだ。


「今日は担当振り分けちゃうわね。1、2、3番テーブルは私が担当するから、名前ちゃん、4、5お願いできるかな?残りは、きーちゃんにお願いする」


うちの店は、こじんまりとした居酒屋でありながら集客数は結構多い。商売繁盛しているわけですが、何せ人では足りておりません。だから、私が歳ごまかしてもぐりこめたんだけど。

テーブルは、1〜8まである。先輩たちが担当するテーブルがたぶん、予約でうまってるんだろう。私は基本予約していないお客様の担当になる事が多いので、この振り分けはいつも通りといえばそうなのだけど、一人で任されることなどあまりないので緊張はする。


「名前ちゃんしっかりしてるからだーいじょぶよ」

「は、はい…」


フォローもちゃんと回るからね。と優しく声をかけてくれた菜穂さんに笑顔を返して、お店の暖簾を出しに行く。

開店して直ぐ予約のお客さんで席がうまり、忙しなくなるお店のドアががらりと開いた。新たなお客様を迎えるために笑顔で出迎えに行けば、思わぬ人物が目の前にいて硬直してしまった。


「おまえ……」

「!?」

「凛ちゃん、どうしたの?いっぱい?」

「いや、空いてるけど……」

「ならさっさと入れ。つっかえるだろ」

「まあ、まあ」


どっくん、どっくん。
心臓が大きな音を立てている。冷や汗が伝うのを感じながらもなんとか平静を保って、五名様をご案内すれば、痛い程突き刺さる視線に手が震えそうだ。

とにかく落ち着け。
教育実習生ごときにばれたところで、何の影響力もない。たった二週間だ。二週間で彼はいなくなるんだから。


「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのベルでおよびください」

「はーい!」

「何にしようか」

「とにかく、鯖」

「その前に生ビールでしょう」


じっとこちらに向けられる視線から逃れるようにテーブルを後にする。とにかく落ち着いて普通に接客すればいいのよ。もしかしたら、他人の空似か?てなるかもしれないし、大丈夫大丈夫。





(たったの二週間)
凛、どうかした?
いや……
何々?あのかわいい子がどうかしたの?
まさか、凛さん。一目惚れというやつですか
はぁ?ちげーよ。
凛、恋に年齢は関係ない
だから違ぇって!つーかそんな離れてねぇし!
え?
あ……







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