暗闇は嫌いじゃない。何も見えない、つまり何も見なくていいから楽。汚いものとか怖いものとかを見なくて済む。綺麗なものまで見えなくなってしまうのは困りものだけど。
だから目を開けて、そこに広がっていたのが暗闇で私は安心した。
幽霊が出るから闇は嫌いだと言う人が居たけど、真っ暗だったら幽霊のことも見えないから怯える必要はないと思う。
どうやら立ったまま眠ってしまっていたようだ。目を擦って顔を上げる。何も見えないんだからそんなことをする必要はないのだけど、習性のようなものだ。そうして正面に視点を合わせると、ぼんやりと狭い部屋が浮かび上がった。ただの暗闇だと思っていたこの場所には窓があったらしく、正面には弱い光が差し込んでいる。此方側は真っ暗だが。
その奥の方で、もぞりと何かが動いた。
一瞬体が強ばったが、見覚えのある人影に、私はふっと息をはく。
それにより彼も私に意識が戻ったことに気付いたらしく、俯けていた顔を上げた。どうせなら知らせる前に気付いて欲しかったけど、今の状態じゃ無理な相談だね。

「お前、は」

出し方を忘れていたかのように抑揚のない小さな声で言った三成は、目を見開いて一度口を閉じた。
そしてまた開く。今度はしっかりとした声音だった。いつもほど強い響きはないにしろ、聞き慣れたものである。

「何故此処に居るんだ。何故此処に」
「そりゃ、負けたからだよ」

軽い調子で言った言葉に三成は眉根を寄せて、表情に少しだけ怒りを滲ませた。
当然か。

「だから、逃げろと言ったんだ」
「そう言われてはいそうですかって引き下がれる人間じゃないって、三成が一番よく知ってるでしょ?」
「お前はこうなることがわかっていたのだろう。なのにあのとき、」
「当然。覚悟はしてた。後悔はしてない」
「…………」
「三成は後悔してるの?私を残したこと」

八方塞がり、四面楚歌。
あのときを表現するならその言葉が相応しい。
関ヶ原での決戦。
裏切り者に崩れた西軍に勝ち目はなく、私達は戦場を脱した。でも当然、そう簡単に逃がしてもらえるわけはなく。
三成が落ち延びることを優先して私は追手の足止めに引き返し、そして今。
鉄格子の向こうの三成は苦しげに此方を睨んでいる。暗闇に目が慣れてきて、私をようやく視界に捉えたようだ。その目が爛々と光っているように見えるのは、目の錯覚じゃないと信じたい。

「……そうだ。後悔している。殴ってでも連れて行くべきだった」
「そしたら二人で捕まってたよ、きっと。まあ結局私のしたことは無駄になっちゃったようですが」
「……すまない」
「やだな、謝らないでよ。そんなつもりで言ったんじゃ」
「お前を巻き込んだ」
「……私が自分でついてきたんだよ。三成の気にすることじゃない」
「違うだろう」
「違わない」

私も武将なんだよ。あんたについてくことを決めた、一人の武将なんだ。なのに今更何を言うの。私は左近や吉継と同じなんだよ?
今更そんなことを言わないで。もう諦めたのに、期待しちゃうじゃないの。
やれやれと溜め息をついてみせれば、むっとした顔になる。
いつもと何かがおかしくなっている。三成も私も。それはこの暗闇のせいか、それとも私達を隔てる存在か。

「もう……なんでそんなに拘るの。もう終わったことなのに」
「……お前には終わったことなのか」
「過去には拘らないのが信条だからね」
「お前らしいな」
「うん。どうにもならないことをいつまでも気にしてられないし」
「そうか」

なんだかよく分からない流れだ。だからなのかは分からないけど、段々睡魔が襲ってきた。
駄目だ。今眠ってしまったら、きっともう会えない。でも睡魔は強烈に、確実に私の意識を引き摺って行く。耐えるのは至難の業で、私には抵抗するほどの力はもう残っていない。
せめて、ずっと言いたかったことだけは言ってしまおう。
最後だから。

「あのさ三成」
「何だ」
「私、あんたのこと、好きだった」

みるみる見開かれていく両目と、滅多に見られない心の底から驚いた顔。出来れば笑顔がよかったなと思いつつ、私はそれを頭に焼き付けた。こんなことをしたって、意味はないけど。
ああ、暗闇でよかった。
きっとこの涙は、気付かれないで済むだろう。彼には笑顔の私を覚えていてほしい。ずっと流れ続けた涙のせいで頬はヒリヒリしているけれど、笑い声だけは繕えたはずだ。

「ごめんね」

無理矢理笑顔を作って、そして瞼を閉じた。





「……遅いのだよ、馬鹿」
絞り出すように呟いたその声は、誰にも届かない。
誰も居なくなった格子の向こうをただ見つめることしかできることはないのだとようやく理解する。
彼女が死んだと聞かされたのは、果たしていつだっただろうか。
光の差さない暗闇に、さっきまで彼女は確かにいたはずなのに。



泣いても部屋はかわらない

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