丘の上の怪物

丘の上の梯子が掛かった木の上には、世にも恐ろしい怪物が住む。僕の住む街で、昔からまことしやかに囁かれていた噂話。勿論それは、子供達を危険な目に遭わせないための大人の方便だということは今ならわかる。しかし、子供の好奇心とは大人には計り知れないもので、年に一度はその梯子に手を掛けてしまう子供も現れた。僕はその範疇に含まれない子供だったが、興味は尽きることが無かった。
そんな僕も成長して、少年から青年へと移り変わった。街はすっかり開拓されて、綺麗な新興住宅街へと変貌していた。しかし、何故か例の丘だけは当時と変わること無く存在していた。神社があるわけでも御神体が眠っているわけでも無い。なのに、その丘はずっとそのままで佇んでいるのだ。街を離れる前に、僕はこの疑問を何とか解いてみたかった。そして、僕は子供の頃には押さえ込んでいた好奇心を、今になって解き放つことになったのだった。
生い茂る草木を掻い潜り、僕は目当ての梯子を見つけた。しかし、目前の光景の不自然さに気付く。
「梯子……やけに綺麗だな……」
まるで今この瞬間も、この梯子を使っているかのように見えた。そんなことはあるわけ無い、のだろうに。不意にがさり、と木葉が触れ合う音がした。はっと見上げると、鳥が飛び立って行くのが視界に入った。ほっと胸を撫で下ろしていると、またしてもがさがさと木の揺れる音が耳に入る。今度は何だと顔を上げた瞬間。目の前の木から、毛むくじゃらの男が落ちてきた。僕はただ呆けるしかなかった。男は僕の存在に気付くと、目付きを鋭くして近付いてきた。どうすることも出来ずに固まっていると、男は口を開いた。
「退け」
重く低い、何者も寄せ付けない声。僕は怖がりながら横に避けるしか出来ない。すると男はそこに隠れていた穴、恐らく井戸に上半身を突っ込んだ。少しの間の後、男は透明に輝く水が入った桶を手に掴みながら起き上がった。その瞬間、何故だが僕はその水を無性に飲みたくなった。暫く水分を補給していなかったこともあるのかもしれない。男は僕の視線に気付くとぶっきらぼうに尋ねた。
「お前も、この水が目当てか?」
どこか含みのある言い方が気になったが、僕は構わず頷いていた。男はそうか、と呟くと僕に桶を手渡した。
「その水を飲む、ということは、お前も『魔物』だということになる」
一口飲んだ瞬間、告げられた事実に僕ははっとする。僕の中に懐かしさがこみ上げる。知らない、知らないはずなのに。
「お帰り」
この丘に住む化け物は、僕だった。

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