素晴らしきこの世界

 半径20キロ圏内。それが僕の世界だ。それ以上の世界を僕は知らない。

 僕の世界は緑に満ち溢れていた。鳥や兎やリスなどといった小動物はたくさんいたが、人間は僕以外に誰もいなかった。僕は、僕以外の人間がここにいない理由を知らない。気付いた時には、この世界にいたからだ。僕はこの世界に来た以前の記憶が無かった。だから、僕は人間の姿を見た記憶が無い。それでも、僕は良かった。この世界は、とても素晴らしいものだったからだ。
 僕の住み処は小さな掘っ立て小屋だ。屋根と柱だけの簡素な作り。普段は寝る時以外、ここにいることは無い。しかし、雨が降った時は一日中この小屋の中にいた。余りにも貧相な出来なので、雨漏りなど毎度のことだった。僕はずぶ濡れにならなければいいやと考えていたので、そのことは余り気にならなかった。時折雨宿りに来る動物達には少し恨めしそうな目を向けられたが。
 僕の世界は、夜になると星が美しく輝いた。数多の星の輝きは、僕を夢中にさせた。僕は毎日星を眺めた。そしてその星の位置を地面に描いた。それは、いつも動物達や雨によって消されてしまう。それでも、僕は毎日飽きもせずに描いた。それが終わると、夜空を彩る星達の光に包まれながら、僕は眠りにつく。遥かに遠い僕以外の世界のことを思いながら。

 ある日のこと、兎が5羽死んでいるのを見つけた。昨日まで、元気に走り回っていたはずなのに、どうして。僕は冷たくなった兎を抱き締めながら、泣いた。
 漸く涙が止まったところで、僕はある違和感を覚えた。鳥達の声が、いつもより少ない。僕は嫌な予感に襲われながら、森の中を注意深く歩いた。そして、僕は見つけた。鳥達が、何匹も死んでいるのを。何故、彼らは死んでしまったんだろう。考えても、僕には答えが見つからなかった。僕は彼らのために墓を作った。僕の労力では、小さな墓しか作れなかった。僕は、小さな墓に手を合わせた。その夜、僕は気分が悪くて少し吐いた。
 次の日。また兎が死んでいた。僕は彼らの死骸を拾って埋めた。今日はリス達も死んでいた。彼らの死骸には、虫が集っていた。僕は虫を払いのけ、彼らを埋めた。その最中、僕は猛烈な吐き気に襲われた。吐瀉物が彼らに少し掛かった。ごめん、と思いながら、吐瀉物を洗い流して埋めた。全ての作業が終わって、ふと周りを見回す。美しい緑色だったはずの木々が、汚ならしい色に変貌していた。どうして、こんなにも急速に僕の世界は変えられてしまったんだ。その夜、いつものように空を眺めた。星はいつもと変わらない姿で光り輝いていて、僕は束の間の安堵感を得た。
 次の日。僕以外の動物達は恐らく全て死んでしまった。僕には彼らを埋葬する気力が既に残ってなかった。涙を流す気力さえ無く、ただぼんやりと世界の中心で空を眺めていた。
 次の日。僕はもう起き上がることが出来なくなっていた。僕も、あの兎や鳥達のように、命を落としてしまうのかな。何の感慨も無く、どうしようも無い事実に目を伏せた。

「ーーαの脳波停止。これで、実験地区内での全生物の死亡が確認されました」
 モニターを眺めたまま、女性は静かにそう言った。
「これで、感染性微生物χの危険性を発表出来るな」
 初老の男性は満足げに呟き、手元にある試験管を見つめた。試験管の中で、透明な液体が揺れる。
「微生物に効くワクチンも開発出来た。これで」
 そこでモニターを見つめていた女性が振り返り、穏やかに笑った。
「これで、多くの人々を救えますね」

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