例えばの話

「もし僕が明日死ぬ、と知ったら、君はどう思う?」
 放課後の薄暗い教室の片隅で、奴は儚げに笑いながらそう訊ねてきた。俺は日誌から顔を上げて奴にこう言った。
「何で急にそんなことを」
 突拍子も無いことを何食わぬ顔で始めるような奴だ。今回も何かしら意図があるのかもしれない、と俺は感じたのだ。
「別に。君が僕のことをどう思っているのかなあと興味が湧いてさ。好奇心だよ。よくある」
 椅子の背凭れに顎を乗せ、屈託無く奴は言う。日誌を書く手も進まないし(おおよそこいつのせいではあるが)、こいつの話に付き合ってやるのも悪くは無いか、と俺は結論付けてペンを机に置いた。
「日誌、書かなくていいのかい?」
 今更、気に掛けるようなことを言い出す白々しさは奴らしかった。
「誰かが邪魔するから書けないんだよ」
 こうやって乗せられてしまう時点で、俺の心情はとっくに奴の手中なんだろうなと諦観した。
「へえ、誰のせいだろうね」
「本当にな」
 わざとらしく笑い合って、何とは無しに窓の向こうを眺める。夕暮れに染まりつつあるグラウンドでは、運動部が帰宅の準備に掛かり始めていた。俺も早く日誌を書いて帰りたいんだがな、と訴えるように奴を横見したが、俺の顔色等伺う様子さえ見せなかった。奴は口を開く。
「で、本題だ。僕が明日死ぬと君が知ったら。君はどうするかい?」
 繰り返された問いに、俺は予め浮かんでいた答えを口にする。
「どうもこうも、何もしないな」
「酷いな。君には情とか建前とか無いのか」
 椅子を煩く揺らして、奴は文句を垂れるがその口振りに真剣さは見受けられなかった。
「お前とは別にそこまで仲良く無いし」
 また一人、グラウンドから人が消えていく。校舎内もすっかり静けさを取り戻していた。
「逆に聞くけど、お前はどうなんだよ」
「僕?」
 俺が問い返すと、奴は不意を突かれたような顔をした。
「俺が死ぬとしたら、お前はどうする」
「そうだね……」
 すると、奴は考え込むように少し俯いて、微かな声で呟いた。
「泣くかもね」
「は?」
 予想外の答えに、俺は思わず奴と真正面に向き直る。それでも奴は平然としていて、更に言葉を紡いだ。
「それから、手向けるための花を用意して、別れ際に挨拶するよ」
「なんて」
 やたらと真剣な奴の言葉を俺は真面目に聞き入っていた。そんな俺を見て、奴は少し満足そうな表情を見せた。
「じゃあまた来世で、ってね」
 そう言って、奴は席を立った。暫く俺は唖然としていたが、すぐに後を追って席を立った。しかし、廊下に出たはずの奴の姿はどこにも見当たらなかった。

 次の日、奴が帰宅途中に事故にあったことを俺は知った。奴の席には花が一輪供えてあった。俺は帰りに道端に生えていた名も知らない花を摘み取って、奴が最後にいた場所に散らした。
「じゃあな、また来世で」
 夕日はあまりにも眩しかった。

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