心象風景B或いはA

 あれ、と僕は思った。身体が何一つ動かせないのだ。首を動かそうにも動かず、腕を上げようにも上がらず、瞬きしようにも出来ないのだ。そもそもどうしてこんな状況になったのだろうか、と目前の景色を眺めながら考える。どこまでも続く黄色い砂。雲一つ無い真っ青な空にぽっかりと浮かぶ太陽。それ以外には何も無い。生きている物は、恐らく僕だけ。全く現実味の無い光景だった。そもそも、これは現実なのか? 僕は夢を見ているのではないか? そう考えた瞬間、だらしなく僅かに開いていた口に、風に撒かれて飛んできた砂が入り込む。じゃりじゃりとした吐き気を促す感覚。恐らく、現実だろう、と僕は結論付けた。そしてまた、現在の状態を客観視する。見える物、肌の感覚からして、僕はどうやら右側を下にして横たわっているらしい。更に、右側に触れる砂の面積が少しずつ大きくなっているように思える。僕が全て砂に埋もれるのも、時間の問題のようだった。それまでにどうにかして身体を動かせるようにならないと、と思考した瞬間。僕はある最悪の事態に思い当たってしまった。僕は、死んでいるも同然の体になってしまっているのではないか? 脳だけは生きていて、他の機能は全て死んでいる状態……僕の全身に悪寒が走る。いや、感覚は死んでいないんだ。ならば、まだ可能性はあるはずだ。希望を持ち始めた僕の目の前に、一つの影が立っていることに気が付いた。それは、人間の足だった。僕は歓喜した。僕の他にも生きている物、しかも人間がいたなんて! 僕は自分が思うよりも、よっぽど心細くなってしまっていたようだった。しかし、今のこの僕の状態だと、僕が既に死んでいる、と相手に誤認させてしまうかもしれない。そうしたら、この人は僕を見捨てて去ってしまうかもしれない。それだけは避けたかった。僕は声を上げようとした。しかし、声帯は震えない。僕は腕を動かそうとした。動かない。何故だ。何故なんだ。僕がひたすら苦汁を嘗めていると、突然腹の辺りに衝撃が走った。目の前の人間が、僕を加減無しに踏みつけたらしい。会ったばかりの人間の腹を踏み潰すなんて。もしそれが死体であったとしても、普通の人間ならやらないだろう。こいつはおかしいのか。また一つ、腹を踏まれる。いくら痛くても、僕は声を上げることすら出来なかった。顔を見ると、こいつは笑っていた。笑いながら人を踏み躙っていた。やっぱり狂っていたんだ。わかったところで、僕には身体を動かして反撃することも、声を上げて抗議することも、涙を流して請うことも出来ない。なんて憐れだ。なんて惨めだ。そう悟った瞬間、僕の眼孔の内側から一匹の蠍が這い出てきた。そうか。僕はもう既に、骨だけの死骸になってしまっていたんだ。なんて悲喜劇だ。無い目玉を動かして、もう一度僕を粉々にした人間を見遣る。逆光の向こうに見えた顔は、僕と何一つ違わなかった。そして、僕の意識は遠く闇へと投げ出される。

 ふと、目を開けた。暑さのあまり、汗が滴り落ちることを止めない。四方は黄色い砂ばかり。僕は幻影でも見ていたのだろうか。身体はどこもかしこも正常に作動する。白昼夢だったんだろうと息を吐いた僕の目前に、黒い影が現れる。よく見ると、それは人間のようだった。死体のように転がっている。否、死体なのかもしれない。僕はゆるりと口角を上げた。

A或いはB

back

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -