宿命論の霧

 もうもうと白い霧が立ち込めている。半径一メートル先も見えない程の深く濃い霧。ざりざりと砂利を踏み潰す音が、津々と降る雨の音と混ざり合う。この霧が突如世界中を覆い尽くしてから、もう一ヶ月近くは経つ。未だに、原因も対処法も何一つわかっていない。隣に立つ者の姿さえも判然としない白い霧は、正常な人間を尽く建物の中へと追い込んだ。外に出る者は、極少数の酔狂な者だけだった。鳥も獣も、この霧の中では鳴き声一つ立てなかった。しかし、一ヶ月も経てば人々も混乱と恐怖から立ち直り始め、悠々と娯楽に興じるようになっていた。中にはこの霧はどこかの組織がばらまいた毒ガスだ、とか、地球の軌道線上に近付いている小惑星がもたらしたものだ、などと訳のわからない論説を垂れる者も現れた。終いには、地球を見捨てて宇宙に出るべきだ、やら、地底に生活領域を移すべきだ、と宣う者さえ登場した。
 がさりと音が鳴る。足元を見遣れば、青々とした雑草。露が頬にまで跳ね飛んでいた。べったりと濡れた箇所を拭い、前を見る。相変わらず視界は白く、何も見えない。しかし、この場所に何があったかは記憶している。だだっ広い農場。いつも多種多様な動物の鳴き声が響いていたが、今は全くの静寂。動物は皆逃げ出してしまったのだろう。黄ばんだ柵に寄りかかり、息を吐く。煙のように、白い霧は揺らめくことは無い。
 人間は傲慢だ。人間が幾ら知恵を重ねても、力を行使しても、白い霧一つ消すことも出来ない。なのに、この地球に胡座をかいて座っている。家畜だって、管理を怠ればこのように逃げていく始末。人間は余りにちっぽけな存在だ。だけど、それをすっかり忘れている。知恵を拵えても、世界はちっとも変わらない。
 この霧は、そんな人類への警告なんだ。幾ら足掻こうとも、宿命には逆らえないのだと。この地球で生きている限り、全ての事象は既に決められているのだと。
 いつの間にか、雨は止んでいた。湿気を含んだ空気が頬を掠める。目の前は相変わらず真っ白なまま。僕達が空の色を確かめることはもう叶わないのだ。

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