人生コンサルタント

 目の前が真っ暗だ。実際に目に見える景色が真っ暗なのでは無く、自分の現在と将来があまりにもお粗末なのを形容してこう記したのだ。今は無き過去にしがみつくばかりで、現在の自分を肯定しようとしない、そんな惨めな自分。今の今までずっと目を逸らし続けてきたが、もうそれもタイムリミットのようだ。膝に乗せた拳を握り締める。わざとらしい程白く染め上げられた壁、天井、床。その真ん中に鎮座する黒い机、椅子。その椅子に座る僕。気味が悪くなる程磨かれた机の表面は、鏡のように僕の姿を照り返す。目線を上げると、僕の真向かいには灰色のスーツを着込んだ眼鏡の男。男はゆっくりと口を開いた。

「それでは、これから貴方の今後の人生の歩み方について、じっくり話し合っていきましょう」

 僕は渋々頷いた。


 僕が今日、眠りから覚めた瞬間からこの部屋にいた。初めは流石に戸惑って、目の前の男に質問責めをした。僕がいくら質問をぶつけても、男は淡々とした様子で、私は人生コンサルタントで、貴方をアドバイスするためにここにいる、としか答えなかった。それで僕は折れて、結局こいつの言うアドバイスとやらを聞くことにしたのだった。

「早速、貴方のこれまでの人生を振り返ってみましょう」

 男がそう言い、ぱん、と両手を叩くと、四方の白い壁に何やら映像が浮かび上がってきた。最初は荒い映像だったが、徐々に鮮明になっていく。そこに表れたのは。

「……昔の、僕?」

 記憶の無いような幼い頃の僕え映像だった。なんでこんなものが、と口に出しそうになるが、そんな疑問を提示したところで無意味だということを承知していたので唇を閉ざす。

「この頃の貴方は、現在を生きることで精一杯でしたね」

 同意を求めるような視線を送られるが、そもそも記憶に無い頃なので肯定も否定もしようが無い。

「まあ、この頃は誰しもそのようなものです。自身は生きることで精一杯、代わりに親が子供の今後を左右する」

 男がまた手を叩くと、映像が切り替わる。今度は小学生頃の僕が映る。

「この頃になると自我が目覚め始め、自分の意見を主張するようになります」

 男は僕と視線を合わせてくる。その鋭い瞳に、一瞬怖じ気付いた。

「しかし、貴方は他人の言いなり、為すがままだった」

 僕はその頃の自分を思い浮かべながら俯く。そうだったな。いつでも自分の意見を言えなくて、他人に同調してばかりで。でも、その方が他人と変な蟠りを作らなくて済むのだ。

「貴方のそれは、優しさなどでは無い。ただ楽をしたかっただけです」

 男の言葉が、変に重たくのし掛かってくる。

「貴方のその態度は今現在も続いていますね。まずはその改善を致さなければなりません」

 男が指で机を叩くと、黒い机上に白い四角が浮かび上がる。そこには僕の名前と、男の言った改善点が認められていた。男は再び指で机を叩く。すると、白いリストはすうっと消えていった。

「さて、続けましょうか」


 何時間経っただろう。過去を見つめ直し、自分の問題点を導き出す作業はそれほどまでに長かった。僕の精神は疲弊し果てていた。机に映る僕の顔は、最早泣き出しそうだった。男の方を見る。男はくいと眼鏡のブリッジを押し上げて言った。

「以上で、貴方に対するアドバイスは終了です」

 その言葉が耳に入った瞬間、僕は思わず安堵の息を漏らしていた。男がお疲れ様です、と労いの言葉を掛けてくる。僕は背伸びをしながら男に尋ねた。

「それで、僕はこれからどうしたらいいんだ」

 男は初めてにこりと笑いながら、言った。

「そんな当たり前のことは、ご自身でお考えになってください」

 目の前の景色が揺らいでいく。僕が何か叫ぼうとした瞬間に目の前は真っ暗になった。

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