突然の災厄

 携帯から飾り気の無いアラーム音が鳴り響く。朝の知らせだ。携帯を開いて中央の丸いボタンを押下する。途端に室内は元の静けさを取り戻す。遮光カーテンの隙間から朝日が射し込んでいる。光線はちょうど俺の鼻筋を照らしていた。布団から抜け出し一つ欠伸をする。埃の舞った冷たい空気を取り込んで、漸く思考はクリアになる。カレンダーを眺める。本日は月曜日。また面倒な一週間が始まる。重力に反発した髪の毛を押さえ付けながら、俺はカーテンを開けた。
 適当にパンを貪り、テレビを眺める。先日起きた事故のニュースが流れている。信号待ちをしていた歩行者の群に、大型トラックが突っ込んだらしい。死亡者は一人。あとは重傷と軽傷が数人で、命に別状は無いと告げている。朝からそんな陰惨なニュースを報じなくてもいいのに。最後の一切れを口に突っ込みながら、俺はテレビの電源を消した。
 いってきます、と形だけの言葉を口に乗せながら、玄関扉を開く。朝特有のキラキラとした太陽光が目に毒だ。避けるように視線を落として、俺は携帯を取り出す。デフォルト状態の待ち受け画面から、適当に操作してあるファイルを呼び出す。その画面に映ったものを見て、月曜日の鬱屈な気分が晴れ上がる。緩みそうになる顔を引き締めて、俺は携帯を閉じた。
 通りに出ると、同じ学校の生徒がぽつぽつと現れ始める。一人で黙々と歩く者。数人で朝っぱらから騒ぎつつ登校している者。同じ制服を身に纏っていながらも、皆様々な様相で歩いている。その間を何台か車が抜けていく。その度に、朝テレビで見たニュースを思い出していた。事故なんて、まず起きないとは思うけれど。一つ溜め息を吐きながら、俺はまた携帯を取り出した。再び同じ動作をして、同じファイルを画面に映し出す。それだけで、幾分か気持ちは落ち着いた。今週も、波風立たずに済めばいいけれど。校門が見えたところで携帯を閉じようとする。しかし、それは出来なかった。俺の掌から、携帯が無くなっていたのだ。それに気付いた途端、全身から汗が滲み出す。やばい。あの画面を見られたら……おしまいだ! 俺はがばりと顔を上げる。太陽の光が、目に突き刺さる。その光を浴びながら、俺の目の前にそいつは立っていた。意地の悪い笑顔を向けながら。

「……ねえ。コレ、どういうことなの?」

 そう言いながら、相手が見せてきたのは俺の携帯の画面。そこには、目の前に立っている女生徒と同じ顔をした少女が映っていた。……今そいつが向けている顔とは全く違う笑顔をしていたが。俺はどう言い訳すればいいのか、これからどうするのか、困惑しながら、情けない笑い顔を晒してみた。

「笑えば解決するとでも、思ってるの?」

 相変わらず嫌な笑みを浮かべながら、そいつは俺の携帯を真っ二つにへし折った。
 ――最悪だ。
 俺の密やかな癒しは、無情な現実と共に叩き折られたのであった。

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