リコリス

 夏の終わり、赤い花が咲き乱れると思い出す。細やかな幸せを願ったあの人を。
 あの人は優しい人だった。地方から出てきて間もない私に様々なことを教え、導いてくれた。私があの人に惹かれることになるのは、必然的だったと思う。私はあの人の側にずっといたいと思い始めた。一生を添い遂げたいと願い始めた。しかし私は悩んでいた。あの人に、この想いを伝えることが、果たして正しいのだろうかと。あの人はただ困っていた私を助けただけに過ぎないのでは無いか、と。私は迷って、苦しんだ末に、やはりこの想いを伝えることに決めた。私は覚悟を決めて、あの人の前に立った。その時、あの人は言った。俺の故郷に共に来てくれないか、と。私は呆気にとられて、ただ頷くしかなかった。
 あの人の故郷はとてものどかな所だった。道端には真っ赤なヒガンバナが咲き乱れていた。ぼろぼろの小屋の前で立ち止まると、あの人は私の方を振り向き、言った。君は本当に素敵な人間だね。思いもよらない言葉に、私は思わず顔が熱くなる。あの人はにっこりと微笑む。ねえ、君は。風が一段とざわめき出す。君は、俺のことを忘れないでいてくれるかい。あの人は何だか泣き出しそうな顔をしていた。勿論、忘れるわけない。私が強くそう答えると、あの人は満足げな顔をして、じゃあ、俺一人だけを想い続けて、と言った。私が必死に頷いた瞬間、一際強い突風が私達を襲った。私が思わず目を瞑って、再び目を開いた、その時にはもう――あの人の姿は無かった。
 もしかしたら、あの人は私が見た幻だったのかもしれない。でも、私はあの人と過ごした日々を決して忘れはしない。あの人と、また出会えると信じているから。――あの人の姿を見た最後のあの時。私は確かに聞いたのだ。

「また会う日を、楽しみに――待ってるよ」

 そう囁くあの声が。

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