人文の病

 俺は、その日も普通に過ごし、普通に眠りに就いたはずだった。しかし、次の日目を覚ますと、身体のそこかしこにどことなく違和感を覚えた。具体的に身体のどこ、という訳では無い。何となく調子が上がらない、と言った感じだ。気分の乗らない日、とでも言おうか。俺はとにかく何か飲もうと思って身体に力を込める。しかし、起き上がれない。あれ、と思って腕やら脚やらを動かそうとする。だがやはり動かない。自分が思っているより、重症なのか。何だか精神と身体が解離しているような感覚を覚えながら、どうしようも無く天井を見つめる。暫くすれば、不審に思った家族が部屋を覗きにくるだろう。そう楽観していた。瞼を閉じ、今一度眠りに就こうと意識を浮かしかけたその時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。返事をしようとするが、唇さえも動かない。本格的にやばいのか、と客観的に考える。部屋の扉は静かに開く。家族はどんな顔をしているだろうか、とぼやけた視界で確認する。そして、俺はぞっとした。両親と妹。誰もが感情を無くした無機質な目を俺に向けていたのだ。いくら普段の行いが悪かったからといって、こんな状態の俺をそんな目で見る意味は、一体何だ。俺は逃げ出したくなった。しかし、相変わらず身体は動かない。母が俺の名前を呼ぶ。何の感情も含まれていない声で。俺はそれに答えることは出来ない。母が父に意味ありげな視線を向ける。父は呟く。ガタが来ていたとは思っていたが、遂に壊れたか。無感情な声。俺にはその話がさっぱり理解出来ない。ガタ? 壊れた? 意味がわからない! すぐにでも起き上がって、彼らに問い詰めたかったが、俺の役たたずな身体は応えない。どうするの、コレ。妹は塵でも見るかのような目で両親に尋ねる。明日は粗大ごみの日だから、その時に捨てちゃえば大丈夫よ。母は何でもないことのように言う。なんだ、こいつらは。家族でもなんでもなかったのか。俺が必要無くなったら、あっさり捨てるのか。そもそも俺は何なんだ。その俺の疑問に答えるかのように、父は言う。また次の人形を見繕わないと。人形。それが、俺の名称? 俺は人間じゃなかったのか。人間だと思い込んでいたのは、俺だけなのか。俺は最後の力を振り絞って、奴らを見遣る。奴らは、俺の部屋を出て、それぞれの生活に戻ろうとしていた。そんな奴らに、俺はどうしようも無い感情に焼かれる。お前ら人間は、どこまでも狂っていやがる! 遂に俺の意識は闇に落ちた。

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