冷えた切っ先

 私の手には包丁がある。普段、野菜や肉やらを切っている包丁。切っ先は鋭く光り、滑らかな刃は私の顔をぼんやりと映していた。私は包丁を真っ直ぐ付き出す。前には白いタイル。油が飛び散って乾いた跡が方々に付いている。汚いな、と思った。まるであの人のようだ。優しい振りをして、嘘を吐き続ける酷い人。私を抱いた腕で、他の人の頭を撫でる人。あの人は気付いていないのだろう。私が鈍感で馬鹿な人間だと思っているのだ。実際、私は馬鹿だ。しかし、あの人の行動は、馬鹿な私でも察することが出来るくらい、わかりやすかった。あの人は周りを見ていない。自分のことしか見ていないのだ。きっと、あの人は今日も何食わぬ顔でこの部屋を訪れる。そこで、もし私がこの手に持つ刃物を突き刺したら、どうなるのだろう。そんな時でも、あの人は嘘を吐くのだろうか。僕は悪くない、と。あの人の喚く顔を想像しようとしたけれど、あの人が喚くところなんて見たこと無かったからわからなかった。私は腕を下ろす。まな板の上のキャベツを包丁で叩く。キャベツは細かく刻まれていく。こんな風に、粉々にしてしまえばいいのだろうか。唐突に携帯が鳴り響く。内容は見なくてもわかった。もうすぐ着く、というあの人からのメールだ。私は刻んだキャベツを皿に盛る。ふと、包丁が目に入った。硬いキャベツを難なく切り刻む刃。蛍光灯の光を浴びて、冷たく輝いていた。私はもう一度包丁を手に取る。頭の中にあるイメージが浮かび上がる。妙に。頭が火照っていた。その時、チャイムが鳴った。私は汚れたタイルを眺める。今日でおしまいにしよう。私は笑みを浮かべた。

back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -