破壊衝動とある種の愛

 テレビからニュースが流れる。連日報道されている種々の事件。それぞれ別の事件だが、どれも似たり寄ったりな内容だ。ニュースキャスターは物々しい雰囲気で、ともすれば同じ内容にも思える各々の事件の概要を伝える。今は、先日起こった殺人事件について報じていた。
 殺人を犯す奴等の動機は皆似たようなものだ。人間関係の悪化、金銭関係の怨恨、痴情の縺れ、単純な憎悪。そんな下らない理由で殺人を犯すなんて、反吐が出る。『生命を奪う』という行為は、もっと崇高なものでなければならない。全智全能の神に、祈りを捧げるように。低俗で下種な思想で人を殺すなんて、話にならない。
 冗長で無様な理想論を踏みにじるように、俺は冷えた珈琲を一気に飲み干す。その時、乱雑に広がっていた布団がごそりと動いた。布団に包まったまま、起き上がったあいつ。俺より幾分年下の、友人のような、また別の関係のような、そんな細い糸で繋がれた関係性の一端である、危うい存在。ともすれば、ふっと消えてしまいそうな程小さな奴は、虚ろな瞳で宙を見つめていた。奴は今日も生白い顔をしている。そんな奴の姿を見て、俺の中に黒い感情が渦巻く。それをそっと胸底に押し込めつつ、俺は椅子から立ち上がり奴に近付いた。

「やっと起きたか。おはよう」
「おはようって時間じゃないだろ」

 奴は疲弊した顔で俺に悪態を吐く。その態度に苛立った俺は、奴の布団を引き剥がそうとする。しかし、奴は頑なに抵抗した。何か隠している、と確信した俺は、一旦布団を引き剥がすのを諦めて、奴の全容を眺める。奴は右手で布団を強く握り締めている。上半身はすっぽりと布団に覆われていたが、細い素足は晒されたままだった。かの諺を見事に体現している様は、何とも滑稽だった。
 そんな中、布団の下に鋭い光が見えた。奴はそれを隠したつもりらしい。だが、この部屋にある限り、俺に見つかるということは考えられなかったのだろうか。軽く捲ってやると、そこには予想通りカッターナイフが存在していた。俺は血の付いたそれを掴んで、溜め息を吐く。奴は苦渋の表情で唇を噛んで、顔を伏せた。
 俺は隠されている奴の手首を引き摺り出す。今度は、されるがままだった。現れた、奴の左腕。赤く生々しい傷痕が、また何本か増えていた。

「……またやったのか」

 奴は、何も答えない。心底呆れ返りながらも、俺の胸中はただならぬ感情に揺り動かされていた。奴は、あまりにも小さく、弱い存在だ。本来は、庇護意欲が沸くものなのかもしれない。しかし、俺はそんな奴を尽く破壊してしまいたい、と感じている。そんな狂った感情をひた隠しにしながら、正常な振りをして奴を諭す。矛盾しているにも程がある。

「いい加減にしろよ。こんなことして、何になる?」

 奴の腕を掴む力を少し強める。すると、奴は小さいながらもはっきりとした声で、答えた。

「……こうしていないと、生きた心地がしないんだよ」

 俺の中で沸々としていた感情が、不意に溢れ出た。俺は奴の腕を更に引き上げる。奴の顔には困惑の色が見えていた。俺は傷だらけの腕に唇を寄せ、傷痕を舐める。奴はぴくりと身動いだ。一つ一つ、舌で抉るように舐める。奴は苦悶の表情を浮かべていた。その表情を見て、俺の心が異様な高揚感に満ちた。このまま、この腕を食い千切ってやりたい。そんな思考が頭に過った。
 その時、掴まえていなかったもう一方の腕が、俺を思い切り突っ撥ねた。俺はやっと我に返る。最低なことをしてしまった、という後悔の念がじわじわと溢れ出す。何か言わなければならないのに、口は動かない。それどころか、まだ奴の腕を確と握り締めていた。
 奴は不意に哀しそうな目をして、言った。

「あんたには、わからないよ。あんたはこんな風に、傷付ける側の人間なんだから」

 その言葉に、反論することは出来なかった。俺は歯噛みする。生意気だ、と思った。こいつを尽きるまで壊してしまいたい。そう、思った。暴走する思考を制御出来ぬまま、俺は奴を押し倒していた。

 俺は、異常なんだ。多分、こいつが側にいると、余計に。でも、こいつがいないと、俺は生きていけない。笑える程に矛盾している。いっそ大声で笑い飛ばしたかった。
 奴の掌が俺の頬に触れる。体温を感じない程に冷たい掌。その掌に自らの掌を当てる。俺の掌は燃えるように熱かった。
 奴は、薄く微笑んで目を瞑る。
 俺は奴のそんな僅かな行為に気付くこと無く、その細い頸に噛み付いた。

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