螺旋

 僕とは、一体何なんだろう。単純かつ素朴な疑問。しかし、その疑問はぐるぐると巡り廻って、いつまでも解決しないように思えた。
 僕とは、一体――。

 いつの間にか階段の途中に立っていた。どうして、いつから、こんな所に。降り注ぐ疑問に、合致する答えは無い。僕は錆びた手摺を掴んで下を見る。階段はぐるぐると円を描いて存在していた。周囲を見渡す。周りは乳白色の靄に覆われていて、階段以外は何も見えなかった。階段の先は上下共に全く見えない。上ればいいのか下ればいいのか、わからない。迷った挙げ句、僕は上ってみることにした。
 一歩踏み出す度に、かつんと高い音がした。掌は手摺の上を滑っている。階段は全体的に錆びてはいたが装飾が豪奢で、かつては美しい輝きを放っていたのであろうことが垣間見えた。異質な雰囲気を醸し出すこの階段を、どうして僕は上っているのだろう。そもそも、この場所は一体何なのだろう。考えても無駄だとは知りながら、僕は思考する他無かった。
 足を踏み出す。音が鳴る。手摺を掴む。何百回とその過程を繰り返す。しかし、景色も状況も一切変わらない。
 ひたすらにぐるぐると、上がり続けていた。不思議と疲れは感じない。感覚神経が全て鈍ってしまったかのようだ。幾ら上っても、終わりは見えない。この階段は、どこまでも続いているように思えた。この行動に終わりなど無いのだと、うっすらと感じる。僕の心に絶望感が浸り始めた。

 もう思考することさえ諦めかけていた、その時。僕の立つ場所から少し先に、誰かが立っているのが見えた。僕の心に僅かな光が灯る。その人影は僕に背中を向けていて、顔は見えなかった。僕の足取りは、自然と早くなっていく。
 その最中、人影が不意に僕の方を振り返る。相手の顔が露になった。そして、僕は驚愕した。
 現れた顔の造形が、僕と同じだったからだ。
 僕はその場で動けなくなる。それを見た僕と同じ顔の誰かは、にやりと不気味な笑みを浮かべた。相手は僕の方へ近付いてくる。僕は、ただ黙ってそれを見ていることしか出来なかった。
 相手は僕より一段上で立ち止まる。僕は当然の疑問を吐き出そうとした。だが、それよりも先に、相手が不可解な質問をぶつけてくる。

「君は、本当に、僕と君が同一だと思うかい?」

 僕と同じ顔は、微笑を湛えながら僕の瞳を真っ直ぐに射た。質問の意図が掴めぬまま、僕は曖昧に頷く。相手は僕の答えを見て、途端にくすくすと笑い出した。

「そんなわけ無いだろう」

 どう見ても、僕とお前は同じ顔をしているじゃないか! と僕は叫びたくなる。しかし、否定する言葉さえ出て来なかった。相手は笑い声を潜めて、静かに言った。

「お前は僕じゃない」

 その一言は、僕の心を鋭く抉った。僕は唇を噛み締める。何一つ、言い返せなかった。しかし、相手の言葉はそれだけに留まらない。相手は朗々と語る。

「ならば、お前は誰なのか。そんなこと僕は知らない。興味も無い」

 そして、次の言葉で、僕の心は完全に絶望の深淵へと突き落とされてしまった。

「だから、お前は一生、ここで考えていればいい。『自分とは、一体何なのか?』を、さ」

 僕の顔をした僕では無い人間は、僕の横を擦り抜けてゆっくりと階段を下っていった。僕は、最早立ち尽くすしかなかった。

 僕は一生、答えを見つけられない。
 僕はこれからも階段を上り続けるしか無かった。

back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -