【影双】転生パロwith道満

手足の感覚はすでになく、血を流しすぎたせいで視界が霞む。風に乗ってやってきた、焦げ付いた匂いが鼻腔をくすぐり、なんとか意識をそこにとどめた。
──そうだ、わたしはまだ死ぬわけにはいかない。この街は、帝都は、わたしが守らなきゃいけないのに。
「……ざまぁねぇな」
声の方に少しだけ目を向ければ、ふわりと白檀の香りがする。その人は煙管の煙を吐くと、わたしを冷たい目で見下ろした。
「ちっ……つまんねぇ死に方しやがって」
けれど、その残酷ともとれる眼差しに、なぜか今は少し安心してしまう。
「死んでない、ですよ……」
そのまま背を向けようとした彼に、掠れた声を絞り出すと、その人はもう一度わたしを見下ろして、驚いたように目を見開いた。その顔を見て、生きているとは思えないほどひどい怪我なんだと気づいてしまう。
「へえ?おもしれぇ」
その人はわたしのそばにしゃがみこむと、にやりと目を細める。
「だが、このままだとてめぇは死ぬぜ?」
「だ、め……まだ、死ぬわけには……」
──わたしがやらなきゃ、たくさんの人たちが死んでしまう。父様も、龍兄様も、八雲先生も、友達も……。血で濡れた手を前に出し、なんとか這うようにしながら炎がゆらめく街の方に進んでいく。
しかし、少し進んだところでその手を踏まれ、うっと小さく声を漏らした。顔を上げると、彼はふうっと煙を吐く。
「……生きてぇなら、助けてやろうか」
「……」
聞き間違えかと思う言葉に何も言えずにいると、聞こえなかったと思ったのか、彼は舌打ちを一つしてまた腰を下ろした。
「てめぇは、あいつのところに辿り着く前に死ぬ。それじゃあつまんねぇだろって言ってんだ」
「助けて、くれるの……?」
「くく、俺はてめぇのこと、けっこう買ってるんだぜ」
機嫌よさそうに笑うと、彼は長い指で優しくわたしの頬に触れる。そして──
「その代わり、てめぇは──」
彼の赤い唇がゆっくりと動く。その言葉に少し怖くなったものの、ここで悩んでいる時間はなかった。
「わかった……それで、帝都を救えるなら……」
わたしの頬に触れる手に、ゆっくりと手を重ねる。
「助けて……影、丸……」
その声に、彼はどこかほっとした様子で笑みを浮かべた。

**

アラームの音に目を開けると、秋の肌寒さに身を震わす。寝相の悪さでベッドから落ちてしまった布団を引っ張りあげながら、徐々に目が覚めていくのを感じた。

──なにか夢を見ていた気がする。
「なんだっけ……」
上体を起こし、思い出そうとしてみるけれど。
「いたっ……!」
ぴりっとした痛みに、思わず声を漏らす。服をめくると、生まれたときから腰のあたりにある痣に目をやった。いつもより赤みが増している気がして、なんとなく指で撫でてみる。
「寝てる間に引っかいたのかなぁ……」
小さい頃は、この痣が何かの病気かもしれないと心配した親に病院に連れ回された。でも結局病的な問題はなさそうで、そのまま20年の付き合いである。
「起きてご飯食べなきゃ」
ひとつ伸びをして布団を出る。今日は友達と占いに行く予定だった。なにやら正体不明の、謎に包まれた占い師らしく、占い師の性別も年齢も調べても出てこないらしい。
「せっかくだから、この痣のことなにかわからないかな」
痣の形があるものに似ていると母に言ったとき、ひどくいやな顔をされた。それから言わないようにしていたけれど、ちょっと気になるのだ。はじめての占いに、どんなものだろうと少し緊張しながら、わたしは準備を始めたのだった。



繁華街にある3階建ての建物の2階。友達が連れてきてくれたのはそんななんの変哲もない、ごく普通のビルだった。
「ここ……なんだよね?」
「うん、ここだよ!ほら、双葉、早く来て」
「看板とか出てないけど、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、予約したし。こんにちは!」
友達のはるが元気よくドアを開ける。部屋の中はビルの見た目どおり、特に変わったところがなかった。けれど、迎えに出てきてくれた中学生くらいの男の子の、その人間離れした雰囲気に目を奪われてしまった。墨のような漆黒の髪に陶器のように白く滑らかな肌、そしてこちらを覗く真っ赤な瞳が印象的だった。けれど、はるはさして気にした様子もなくきょろきょろと部屋の中を見回す。そして、興奮した様子でその子に尋ねた。
「ねえ、もしかして君が占ってくれるの?」
「ふふ、違いますよ。先生は奥の部屋におるから、一人ずつ中に入ってもらってになります」
少し関西の訛りが混ざっている。男の子はそう答えながら、ちらりとわたしを見上げた。その瞬間、すっと意味深に目を細める。それと同時に、ぞわりと背中が冷えるのを感じた。思わず目を逸らすと、男の子は何事もなかったかのようにはるに視線を戻す。
「えぇっと、どちらからにします?」
「双葉からで大丈夫ですよ。待ちながら、もう一回なにを相談するか考えるので!」
「え、わたしあとでいいよ」
「いいから、ほら!行ってきなさい!」
はるに半ば強引に押され、わたしは仕方なくそのまま奥の部屋に通されたのだった。



「こ、こんにちは……」
案内された部屋のドアを開けると、本当に同じビルなのかと疑いたくなるような内装が目に入った。中には畳が敷かれ、注連縄や紙縒、あとは見たことのない道具が部屋の端に乱雑に置かれている。そしてその畳の真ん中に、なぜか西洋風の大きく仰々しい机と椅子が置かれていた。
「──よう来たね、嬢ちゃん」
頬杖をつき、こちらに微笑みかける男に軽く会釈をする。薄く青みがかった長髪と黄金色の瞳。一瞬、どこかで会ったことがある気がしたけれど、きっと案内をしてくれた男の子と似ている、透き通るような肌のせいだろう。
「よろしくお願いします」
彼は不思議な気配をまとっていて、未来を見る力があると言われれば、当然のことのようにそれを信じてしまう雰囲気があった。
「んー?くく、なんや嬢ちゃん、怖い顔しとるのう。僕のこと嫌いなんけ?」
知らないうちに力が入っていたらしい。ふうっと一つ息を吐くと、彼の前に腰を下ろした。
「すみません、占いが初めてで、少し緊張しちゃって」
「へえ、そうなんや」
彼は扇子を取り出すと、閉じたままのそれを口元に寄せる。
「くく、そんでまた、ずいぶんおもろいもんつけとるやん。ま、ただでは生まれ変わらんとは思っとったけどなぁ」
「え?ゆ、幽霊、憑いてるんですか?」
思わずそう声を上げると、彼はじっとわたしを見つめる。蜜色の光を帯びた瞳が、ゆらりと揺れた。けれどその目は、わたしを見ているようで見ていない。わたしのもっと奥の何かを探られているようで、そわそわと落ち着かなかった。しばらくして、彼が扇子を開く。
「あー、幽霊?そんなつまらんもん嬢ちゃんに憑かんわ」
「えぇっと、じゃあ何が……」
「その痣、なんかに見えると思わん?」
「痣?」
……あれ、わたしもう痣のこと言ったんだっけ。なんとなく服の上からその痣に触れると、とくんと脈打った気がした。
「……蜘蛛、に見えると思いました。でも、それを言うと母に気持ち悪いからやめてって言われるので、言わないようにしてたんですけど……」
「ふーん、蜘蛛か。ま、すぐ会えるで。それつけたやつにはのう。くく、嬢ちゃんはいつまでも逃れられないんやなぁ」
「会えるって……あの、教えてください、この痣はいったい……」
そのとき、わたしの問いを遮るように、彼はすっと1枚の札を差し出した。目の前に出されたそれを、無意識に受け取る。そこには見たことのない紋様と、不穏な文字が書かれていた。
「嬢ちゃんにそれあげるわ」
「……あの、これ『呪』って書いてますけど」
「そうやなあ」
「わ、わたし使わないです、呪いのお札なんて……!」
慌てて手を離すと、はらりと机の上に札が落ちる。それに触れてしまった手を思わずきゅっと握るわたしを見て、彼はわざとらしく驚いた顔をした。
「なんや、怖いん?呪いなんてそこらじゅうにあるやろ。まさか嬢ちゃん、神社に行ったことないんけ?」
「神社は、行ったことありますけど……」
呪いとの関係がわからず、続きを待つ。
「せやなあ、わかりやすいのやと、必勝祈願……あとは商売繁盛なんかもそうやなぁ。自分が勝ちたいとか、繁盛したいとか願うことはのう、どっかの誰かが負けたり衰退したりを願うってことや。自分のために、間接的にしろ誰かの不幸を祈っとるんやから、これは立派な呪いやなぁ。くく……」
「そんな……」
ひねくれているとは思うけれど、返す言葉がでてこない。そんなわたしを見て、彼は嬉しそうに笑うともう一度札を差し出した。
「すまんのう、話が逸れたわ。で、これ持っとき。あと脅してもうたけど、別にこれ怖い霊符ちゃうで。嬢ちゃんに悪いことしようとするやつを封じるもんや」
「封じる……?」
「そうや。誰に……というか、どっちに使うべきかはその痣が教えてくれるやろ」
「すみません、えぇっと……」
話が見えず、聞き返そうとしたとき。足に何かが触れたような気がしてびくりと身体を揺らす。それを見て、彼は何かに気づいたのか、足元に手を伸ばした。
「くく、嬢ちゃんに改めて挨拶したかったみたいや」
彼の手には、真っ白な蛇が巻きついていた。その蛇は赤い瞳でじっとわたしを見ながら、ちろちろと舌を出している。
「……かわいいですね」
……蛇の褒め方として、正しいのだろうか。でも、つぶらな瞳や時折首を傾げる仕草が可愛らしいと思った。
「……ほな、そろそろ時間なんで終わりましょか」
彼がパンッと手を叩く。その瞬間空気が変わったような気がした。
「その札、金いらんからちゃーんと持って帰ってな。そんで必ず使ってくれると嬉しいのう」
「わかりました。ありがとうございました」
立ち上がり、ドアに手をかける。けれどふと思い立って、最後に彼の方を振り返った。
「あの、占い師さんのお名前、教えてくれませんか?」
「ん、僕か?」
そう言うと、彼はゆっくりと立ち上がって、扇子を閉じる。
「──僕はのう、芦屋道満いうねん。今後ともどうぞよろしゅう、嬢ちゃん」
肩に巻きついた彼の蛇が、大きく口を開けた。



あのあと、はるとお酒を飲んで、占い師さんのいろんな話を聞いた。置いてあった場違いな西洋の机は呪いの机らしいだとか、行く日によって姿が違うとか、本当だか嘘だかわからない話も多かったけど、友達と過ごす時間はとっても楽しかった。
駅に到着し、電車を待つ。
「そういえば、帰りにあの黒髪の男の子いなかったね。双葉見た?」
「お迎えに出てきた、目が赤い子だよね。そういえば見てないような……わたしたちがやってる間に帰っちゃったのかもね」
「そうかもー。途中で[FN:双葉]が占ってもらってる部屋に入って行ったように見えたから、中にいるのかなって思ったけど……あ、電車きた」
はるは電車に目をやると、わたしに手を振る。
「じゃあね、また遊ぼう」
「うん、気をつけてね!」
わたしの方も電車がきたらしい。手を振り返して、わたしも電車に乗る。これでわたしの休日は終わる……はずだった。



家までの暗い道を一人早足で帰る。
「やっちゃった……」
電車で寝てしまい、思いの外遅くなってしまった。深夜の闇の中、コツコツと自分のブーツの音だけが響く。
「今日静かだな……」
真夜中だから、と思ったけれど、周りの家やマンションに一つも灯りがついてないのは偶然だろうか。
「……」
なんとなく不気味に思いながらも、家までの道を急ぐ。コートを上まで締めて、冷たい手を擦り合わせた──そのときだった。
ガシャン!!
近くで大きな物音がする。続いて苦しそうな声も聞こえてきて、思わず足を止めた。なんだろう。このあたりは治安は悪くない方だけれど、喧嘩か何かだろうか。このまま立ち去るべきか。でも、もし怪我人や病人だとしたら大変だし……少し悩んだものの、わたしは気づくと、音のした場所に向かっていた。



そこは家の近くの路地裏だった。人があまり入らなそうな場所で、ところどころに蜘蛛の巣が張られていた。そのとき、奥で何かが動いた気配がする。けれど、暗くてよく見えず、恐る恐る声をかけた。
「あの……」
ゆっくりと奥に進む。そのとき、厚い雲の隙間から漏れた月明かりが、その人を照らしだした。
「っ!」
──着流の男だった。もう寒いと言うのに、胸元は大胆にはだけていて、脚も晒されている。黒く長い髪は上の方で一つに束ねられていた。男は路地裏の奥で俯き、膝をついてあらゆる場所から血を流していた。周りにはなぜか鋭い氷の塊が落ちている。
「だ、大丈夫ですか?!怪我が……!」
慌てて駆け寄ろうとすると、男が顔を上げる。躑躅色の瞳が、わたしの姿を映した。その瞬間、なぜかその目に驚きが広がる。
「てめぇ……」
──なぜか、とくんと痣が脈打った気がした。思わずそこに手を当てたとき、誰かがこちらに駆けてくる音が聞こえる。
通りの方に目を向けたその瞬間、細い何かがきゅっとわたしの首に巻きついた。
「……俺を匿え」
いつのまにかすぐ後ろにいた男が、なぜか楽しそうに耳元で囁く。
「わ、わかりました……」
嫌な汗が、つつっと背中を伝うのを感じた。
──でも、わたしは心のどこかで、すでに彼に気づいていたのかもしれない。脅されてはいたけれど、その言葉の通りに彼を自宅に招き入れてしまったのだから。

**

穏月と藤一郎が路地裏に着くと、そこには影丸の姿はなかった。
「このへんだと思ったけど。いないね」
「逃げたのでしょう。あの怪我です。まだ近くだと思いますが、探しますか?」
「いや、いいよ。追っ手もいないしね」
踵を返して歩き出した藤一郎が、ふと足を止める。
「藤一郎様、なにか?」
「いや……なんだか懐かしい匂いがした気がしてね」
藤一郎はそう言うと、もう一度振り返る。
「……まさか、ね」
視線の先では、蜘蛛の巣にかかった季節外れの蝶が、それに虚しく抗っていた。

**

家に着くと、着流の男をソファに座らせ、怪我の手当てをする。
「どうしてあんなところにいたんですか?」
「……」
「怪我もこんな……誰かに襲われてたんですか?」
「……」
「寒いですよね。暖房強くしますね」
いろいろ聞いてみたけれど、何一つ返ってこない。
「……何か作ってきます」
一応一言声をかけて、ひとり台所に向かう。
なんだろう、この気持ちは。懐かしいような、嬉しいような、苦しいような、哀しいような。一度も会ったことがない人なのにと不思議に思いながら、冷蔵庫に手を伸ばす。
そのとき──突然腕を掴まれ、そのまま無理やり冷蔵庫に背中を押しつけられた。
「いたっ……」
男はわたしの両手をそこに縫い付けると、不機嫌そうにこちらを睨む。
「……なに考えてやがる?」
「なにって……怪我してたので助けようと……!」
わたしの返答に、ますます訝しげに目を細める。けれど、彼は急にはっと目を見開くと、その手に力を入れた。
「っ、てめぇ、まさか……!」
突然、服の中に手を入れられる。
「きゃっ!や、やめて……!」
抵抗したものの歯が立たず、乱暴に服を捲し上げられ、例の痣が男の前に晒される。彼はそれを見つけると、ますます意味がわからないといった顔をして、わたしを見返した。
「ああ?あんじゃねえか。じゃあなんで……」
──パンッ。彼の顔を叩こうとしたものの、その手首を容易く掴まれる。
「……へえ?てめぇ、俺の美しい顔に傷つけようってか」
にやりと口の端を上げる男を、今度はわたしが睨みつける。
「は、離してください!」
しばらく彼はそんなわたしを見ていたけれど、突然つまらなそうな顔をすると、その手を離した。そしてソファに戻りながら、ぼそりと呟く。
「ちっ……とっとと思い出せ」
「?なんの話ですか?」
わたしの問いに、彼がゆらりと振り返る。その手には見覚えのある煙管が握られていた。
「……てめぇのせいなんだよ」
「だから、なにが──」
「今の俺の妖力が足んねぇのは……てめぇのせいだ」
男がふぅっと息を吐く。白く濁った煙の奥で、彼の目が真っ直ぐにわたしを見つめていた。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -