【藤双】媚薬を飲み切るまで出られない部屋

藤一郎と双葉の前には、机の上にのった一本の瓶と一枚の紙。そこには、媚薬を飲みきるまでここから出られないという、不穏な文字が踊っていた。
「うう……どうしましょう……」
「ふーん……ま、どうでもいいけど、こんなところにずっといるのはごめんだよ」
藤一郎はひょいと小瓶を摘み上げると、そのまま彼女の方に差し出す。双葉はその意味がわからず、不思議そうに首を傾げた。すると、彼は意味深に笑みを浮かべる。
「これ、君が飲みなよ」
「な……! なんで問答無用にわたしなんですか!?」
思わず声を上げると、藤一郎はいつものようにひらりと片手を上げる。
「俺が飲んでもいいの? そうすると、君が困ることになると思うけど」
そう言うと、おもむろに双葉の耳に顔を寄せる。
「……君がお望みなら、飲んであげてもいいよ」
「……っ!」
藤一郎が言う意味がわかり、双葉はかぁっと顔が熱くなる。
「わ、わかりました! わたしが飲みます!」
彼が持っているそれを、半ば強引に受け取り、双葉はふうと息を吐く。
「あの、藤一郎さん、これ飲み終わったら、わたしに近づかないでくださいね……」
効き目がどの程度かはわからないが、もし藤一郎に何かをしてしまったらと思い、双葉は小さな声で囁く。すると、藤一郎は当然だと言わんばかりに、にんまりと笑った。
「もちろん。俺も君に襲われたら堪らないしね」
「お、襲いませんよ! ……た、たぶん、ですけど」
少し不安げに呟くと、双葉はもう一度息を吐く。そして、瓶に口をつけると――一気にそれを飲み干した。
「……どう?」
しばらくして、藤一郎が尋ねる。全て飲み終えたが、双葉の身体には特に変化はなかった。
「あ、意外に大丈夫そ――」
――そう彼女が言いかけたときだった。どくん、と心臓が大きく脈打ったのを感じる。指先が痺れ、身体の芯が熱を帯び始めた。
「っ……」
双葉がゆらりとよろけると、藤一郎がそれを抱きとめる。
「す、すみません……」
双葉が慌てて藤一郎の胸を押し返し、離れようとするも、彼女の腰を掴む腕はなぜか離れない。
「と、藤一郎さん、近づかないでって、言ったじゃないですか……離して、ください……」
荒くなり始めた呼吸を整えながら、双葉が途切れ途切れに囁く。しかし、藤一郎はそんな彼女を見て、意地の悪い笑みを浮かべた。
「ふふ、そうだっけ? ……ほら、おいで」
藤一郎は腰を下ろすと、自分の膝の上に彼女を座らせる。
「苦しい? 体温は上がってるみたいだけど」
双葉をしっかりと抱きかかえながら、藤一郎は彼女を覗き込む。
「く、苦しくは……ない、ですけど……なんだか、あつい、です……」
身体の奥が、鈍く疼く。何かを欲し、それが得られずに渇く感覚を、双葉は懸命に押し殺した。
「……っ」
頬を赤らめ、熱い息を漏らす双葉を、藤一郎はじっと見つめる。潤んだ瞳が彼を写すたび、彼の細められた目も甘い熱を帯びていった。彼女に愛おしげな視線を投げながら、藤一郎は双葉の背に触れていた手を動かす。それだけで、ぴくりと肩を揺らす彼女を見て、藤一郎はふっと笑った。
「……ねえ、これはどう?」
今度は、彼女の手に長い指を絡める。また、小さく身体を震わした双葉を見て、藤一郎は満足げに微笑んだ。そんな様子を見て、双葉が訴えるように彼を見上げる。
「と、藤一郎さん……楽しんで、ませんか……」
変わらず火照った顔のままで、双葉はそう不満げに呟く。
「ふふ、さあ、どうだろうね?」
藤一郎の瞳が妖しく揺れたのを見て、双葉はさらに身体が熱くなるのを感じる。
「……ねえ、どうしてほしい? 言ってみなよ」
藤一郎は手を離すと、今度は彼女の髪を優しく掬いながら尋ねる。双葉は少しだけ視線を彷徨わせたものの、うっすらと濡れた唇を少しだけ動かした。
「……しい、です……」
掠れた声に、藤一郎がにやりとする。
「……もう一回」
「っ……さ、さっきみたいに……手を……握ってて、ほしいです……」
縋るように、求めるように――自分の胸元を掴む小さな手に、さらに愛おしさが募る。藤一郎はそのまま顔を寄せると――双葉の額にそっと口付けを落とした。
「……いい子だね」
そう囁くと、もう一度、彼女の小さな手を掬い上げる。そして優しく指を絡めると、大丈夫だよというように、きゅっと握ってやったのだった。

双葉の媚薬がようやく切れてきた頃――しかし、二人はまだ部屋を出られずにいた。
「全部飲んだのに、どうして戸が開かないんでしょう……」
扉を再度調べたものの、とくに新しい手がかりはなく――双葉は途方に暮れていた。
「……君、ずるして全部飲んでないんじゃないの?」
「の、飲みましたよ! じゃないと、あ……あんな風になりません!」
双葉は耳を赤くしながらそう答えると、今度は瓶が置いてあった机のまわりを調べ始めた。
「……あ!」
そのとき、双葉が声を上げる。そして机の下から何かを取り出し、藤一郎に掲げてみせた。
「と、藤一郎さん! もう一本、でてきたんですけど……」
彼女が持っていたのは、先ほど飲んだのとまったく同じ瓶。
「ま、またこれ飲むんですか……」
やっと終わったのにと双葉が俯くと、藤一郎がその瓶をひょいと取りあげる。
「え……」
そして蓋を開けると――藤一郎はそれをためらいなく飲みきった。
「と、藤一郎さん!?」
双葉が驚いてそれを見ていると、かちゃりと扉が開く音がする。
「だ、大丈夫ですか?」
扉に構わず彼を見上げるも、藤一郎はけろりとしたまま双葉のほうを見ていた。そして、ひらりと片手を上げると――
「……何言ってるの? こんな人間が作った薬、妖の俺に効くわけないでしょ」
「え、ええ! じゃあなんでわたしに飲ませたんですか!?」
たまらず非難の声を上げた双葉に、藤一郎は顔を寄せると、仄かに揺れる瞳で彼女をじっと見つめる。
「な、なんですか……?」
戸惑う双葉に、藤一郎はすぐににやりといつもの笑みを浮かべると――
「……ふふ、君って本当、騙しがいがあるよね」
「……!」
途端に顔を赤くした双葉に、藤一郎はくるりと背を向ける。
「……ほら、さっさと出るよ」
「ま、待ってください! うう……藤一郎さん、ひどいです……」
先に扉に向かう藤一郎に、双葉は文句を言いながらもついていく。
部屋を出て、彼の家に着くまで――双葉は、今もなお彼に騙されてることに気づかないのだった。




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