NOVEL

路地裏と猫 2 (3/3)

路地裏で猫と戯れてから早くも一ヶ月。
九十九臨音はというと、久しぶりに講義が午前中で終わったので一ヶ月ほど前に猫がいたという路地裏へと足を運んでいた。
一ヶ月も前の話ではあるし、猫は気まぐれだ。だから、今日も同じ場所に同じ猫がいるという保証はなかった。しかし落ち込んでいる時にひょこっと顔を出してくれた猫は、期せずして臨音に癒やしを与えてくれた。なので、そのお礼に何か餌でもあげられれば良いなぁ……と。そう思い、少しばかり猫が好みそうなものを持って例の路地裏へ足を運んでいるのだ。
まだ日中で日も高く、平日と言うこともあってか商店街の大通りの人通りは疎らだ。大通りから一本細い道へ入っていく。本人があまり気にすることではないのだが、やはり路地裏へ行く人というのはそんなに多くはない。

そうして前回と同じ場所へやってきたのだが、そこに例の猫はいなかった。気持ちよさそうに日向ぼっこをしている別の猫は居たのだが……。
お目当ての猫は居なかったのだが、それでも猫は猫だ。個体差はあれど臨音が好きな猫に変わりは無い。あの猫に会えなかったのは残念だったが、今日はまた違う猫に出会えたのでよしとしよう。そう思い、持ってきた手土産の猫缶をバキリと開けて下に置いてやる。こちらが大人しくしていると、最初はこちらを警戒していた野良猫もエサの匂いに気づきエサの近くまでやってきた。
いい子だね。と頭を撫でてやれば、その子は野良猫でアルにも関わらず多少ではあるが人間慣れしているようであった。他にも誰かがこの猫に餌を与えているのかもしれない。あの猫もあまりにもやせ細っていると言うわけでもなかった。なので、この子同様にどこか別の所でご飯を調達しているのかもしれない。そういえばこの近くには魚屋があるのを見かけたことがあるので、そこのおこぼれに預かっているのかもしれない。そう考えると、ひとまず例の猫の食事事情は心配いらなさそうだ。目の前の猫も餌をおいしそうに食べているし、その様子を見ているこちらまで頬が緩んでしまう。
「えへへ、美味しい?」
そこには猫しかいないと分かっているのだが、それでも話しかけてしまう。猫はというとエサを全て平らげてしまったようで、「んな〜」という一声でごちそうさまの意にも取れるような気がした。
やはり猫はいい。とても癒やされる。そう思い、完全に猫に気を取られているときだった。臨音の背後で、ザリ……と砂利を踏みならす足音がした。振り向くとそこには紫のパーカーを着た男性が立っており、手には買い物袋を提げていた。その視線から察するに、通りすがっただけと言うよりは猫のいるこちらの方に用があってきたようだった。
これは、確実に見られた。臨音自身が男性を見上げているときに、ばっちりと目が合ってしまったのでこれは疑いようもなく見られている。猫相手に頬を緩ませているのは良いとして、話しかけている姿を見られたのは個人的に大ダメージだ。
臨音は顔の温度が一気に上昇するのを感じ、咄嗟にその場を後にしようと立ち上がった。……立ち上がる筈だった。恥ずかしさと緊張で身体は強ばったのが災いしたのか、思うように足が動かない。立ち上がるより先に足が縺れてしまい、その場の地面に顔面からダイビングしてしてしまった。・・・・・・してしまうはずだった。
臨音の身体が地面に衝突するかと思われ痛みの衝撃に備えたが、痛みはいつまで経っても現れない。その代わりに、男性のものと思われる低い叫び声が聞こえてきた。
「うわっ!?」
「へぶぅっ!?」
臨音自身も到底可愛いとは思えない奇声を発してしまったが、どうやらその男性にぶつかってしまいその男性の上に倒れてしまっていた。
その状況を頭で理解してしまった臨音は更に顔を真っ赤にさせ、飛び上がるように男性の上から身を避けた。
千切れんばかりの勢いでぶんぶんと頭を下げて謝罪の意を示す臨音。言葉も矢継ぎ早であり、男性は驚きながらもその気迫に少々引き気味である。
「あわあぁぁ、そそそそその!あの、すみません!ごめんなさい!!ええとあの、今持ち合わせがないのでお金とかは無理なんですけど!命だけは!」
「流石に命は取らないけど!?……あの、そこまで謝られても。別に、怪我とかしてないし大丈夫……」
男性も、のそりと立ち上がり体勢を立て直す。猫背気味でやや前屈みにはなっているものの、やはり臨音よりも頭一つ分身長がある。しかも相手は異性である。少々気の小さい臨音から見れば、恐怖を与えるには十分な大きさであった。
何度も謝ってくる臨音に対し男性も「……べつに、大丈夫」と何度も返してるので、その日はお互いに微妙な空気になりながらその場をあとにした。臨音が見ていた猫は騒ぎでどこかに行ってしまったのか、帰る頃には裏路地には猫の気配は少しもなくなってしまっていた。
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