NOVEL

猫と路地裏 1.5 (2/3)

今日も今日とていい天気だ。
真昼間とはいえども、おれ達は仕事だ学校だなんてものに追われることはない。
世間的にはニートなんて呼ばれるものに属するわけだ。おれだけじゃなくて『おれを含めた兄弟全員が』っていうのがこれ以上に無いほど救えない現実だ。しかし事実なのだから否定できない。
おれは誰なのかって?松野家四男松野一松。
……まあ名乗るほどの価値はないと思うけど一応。
いい年した成人男性が揃も揃って無職。全く何をやってるんだ、と言われるとぐうの音も出ない。しかしまあ、当のおれ達にやる気がないんだからしょうがない。
暇を持て余したおれ達兄弟は、各々が好きなことに興じて時間を潰したりもする。しかしそうでなければ大体家でぐうたらと過ごすのが常だ。

おれの場合は弟の素振りに付き合うこともある。それよりも時間があるときは、親友たちへのご飯を片手に引っ提げて路地裏へ向かう事の方が多い。
……まあ、親友といっても猫なんですけどね。

今日もそんな親友の許へと歩を進めている訳だけど、今日はいつもと違うことに親友たちへの手土産はぶら下げていない。
それどころか、自身の身体も親友のそれと全く同じモノになっていたりするわけだ。猫転換手術をするまでもなく猫になれるだなんて願ったり叶ったりだ。猫万歳。
以前薬を使われそうになった際は、ケツに注射なんていうとんでもない方法での投与方法だった。しかし、過去に人間の中身を入れ替えたりする飲み薬を開発していたのを思い出したので、そっちの方法での服用方法を提案し見事その飲み薬か完成したという訳だ。
完成とはいえ、効果はどのくらいだとかいうのはよくわからない。これじゃまだ完成なんて言えたもんじゃないだろとも思うが、まあおれの我儘みたいな申し出を断りもせずに聞いてくれただけでもありがたい。ここは自らが実験台になるというのもたまにはいいだろう。注射じゃなければの話だが。
自分も大概人間離れしてはいると自負していたけれど、ここまで猫そのものになったことは今までにも無い……筈だ。
しかし、猫サイズの歩幅だといつもはそんなに遠く感じることのない距離でも結構距離があるものだと錯覚を起こしてしまう。
慣れない身体で歩いているせいか多少疲れてはきた。けれど、もう少しで親友たちにも会えるはずだ。
いつもと違うナリをしているけれど、気づいてくれるだろうか。なんてことを考えながらも大通りよりもちょっと薄暗くなっていく細い道を進んでいく。

親友はいつもより少し奥まった場所にいた。そのおかげで少し探すのに手間取ってしまったが、無事に会うことができた。

親友も最初はいつもと違うおれの風貌に警戒心をむき出しにしていた。しかし野生の勘とでもいうんだろうか。それのおかげで親友はおれをおれとして認識してくれたみたいだ。
そんな親友とのひと時を過ごしたおれは猫の身体のまま研究所へ戻ろうとする。
その時だった。
いつもおれが親友と戯れている所、路地裏にちょっと入って暗くなった辺り。
そこに彼女はいた。猫サイズのおれからすれば見上げる形にはなるけど、そいつは身体を縮こまらせて薄暗い路地裏にしゃがみ込んでいた。
何かがあって落ち込んでいるのか、溜息のオプション付き。
いくら真昼間とはいえ、女の子がこんな路地裏に一人でいて大丈夫なもんですかね?
そんな風に思いながら彼女を見ているとおれの存在に気が付いたのか、こちらに顔を向けた彼女と目が合った。見ず知らずの女の子と目が合う。などという、おれにとっての非日常の出来事に一瞬狼狽えたが、そういえば今は猫の身体だったんだ。おれは向こうから見ればただの猫だ。そんなに緊張することはない。そうだ、落ち着け。間違っても粗相はするな。

そう心を落ち着けるために、ああでもないこうでもないと思考を巡らせる。すると、いつの間にか近づいてきていた彼女に頭を撫でられていた。どういう状況だコレ。そう思うんだけど、自身の見た目は至って普通の猫。彼女はただ猫を撫でているだけで、傍から見れば女の子が猫と戯れてるだけ。なにもおかしくはない。まあ、中身は人間なんですけどそこは彼女の知る所じゃない。
おれが嫌がって頭を避ければ彼女も手を止めるんだろうけど、女の子慣れしてないのが災いした。突然のことに思考回路が追い付いていない。そんなおれの気持ちを知るはずもない彼女は、ひょいと猫の身体を抱きかかえる。抵抗して逃げようとも思ったけど、さっきよりも近くで彼女を見てしまい緊張で動けなくなってしまった。思ってたより幼さを感じる顔で、何故か今にも泣きそうだった。別におれが泣かせたわけでもないんだけど、そんな顔を見てしまったら邪険にも扱えない気がしてくる。なんとなくだけど。されるがままに頭を撫でまわされておいた。まあ、減るもんじゃないしいいんじゃないの。

それは長い時間のことだったような気もするが、あっという間のことだったような気もする。
一頻り猫を撫でて満足したのか、彼女は猫のおれを地面に降ろし「またね」と言って去っていった。
またね、ってまたここにくるんだろうか。このご時世だから変な輩がうろついているかもしれないし、そんなのにとっ捕まってトラブルに巻き込まれるかもしれない。トラブルに巻き込まれるのは嫌だけど、不意に先ほど見た女の子の泣きそうな表情を思い出してしまう。
トラブルに巻き込まれたら、それこそあの子は泣いてしまうのだろう。名前も知らない赤の他人だし、彼女に何があろうと自分には関係のないことだ。
けれど、彼女が襲われでもしたら後味が悪い。なんとなくいい気分にはなれないだろうと思うのは、あんなに近くで泣きそうな顔を見てしまったからなんだろうか。

今までに抱いたことのない気持ちに不思議さを感じ、博士の研究所へと足を進めながら思案している。丁度博士の研究所へ入った時におれは元の身体に戻った。 博士の薬の効果が切れたらしい。案の定全裸である。そりゃあ猫は自前の毛皮があるから服は着ないからな。それにしても街中で戻らなくてよかった……。いや、でもそれはソレでアリ・・・・・・かもしれない。まあ、おれだからしょうがない。
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