造花 | ナノ

もぐもぐ


ずしりと胃の辺りに感じた圧迫感で、俺は強制的に眠りから叩き起こされた。
思わずぐえっとニョロモを潰したような声が出た。
いや、ニョロモ潰したことはないけども。
恐らく目つきが最悪になっているであろうその顔で圧迫感を感じる腹の上を見る。
そこには昨日、どうしても離れようとしなかったガキが満面の笑みで乗っかっていた。
俺と目が合うとより嬉しそうにぱっと表情を輝かせた。
ぺしぺしとそのちっさい手で俺の胸辺りを叩いていた。


「セージ、おはよ!朝!」


めんどくさいからガキをそのままにして時計を見る。
時計の針はちょうど午前の七時を指していた。
……なんだ、まだ七時か。あと三時間くらい寝られるな。
時計を元あった場所に置き、布団に潜り込む。
そのときなんか腹から転がり落ちた気がするけど、俺は知らない。


「セージ朝!おなかすいた!!」

「……」

「おきろー!!朝ーーー!!」

「ああうるさいうるさい、分かった、分かったから騒ぐな」


転がり落ちたガキは再度俺の上によじ登ると、大声で俺の体を揺さぶりにかかった。
始めは無視していたが、それほど広くない部屋に幼児の声がわんわん響いてそれどころではなくなった。
お前はサイレンかなんかか。
ばしっとガキの口に手を当ててそう言えば、ガキはにこにこと笑みを浮かべた。
急かすように俺の腕を両手で引くガキにため息が出る。
ばりばりと頭を掻いて欠伸をこぼす。
そうすればだらしないと言われた。ほっとけ。


「セージ、朝ごはんなに?」

「あー……あるもの」

「あるもの?あるものってなに?」


あるものはあるものだ。
決して適当じゃないんだからな、さっきの答え。
ただ、冷蔵庫に何があったかって考えた結果、何も出てこなかったんだ。
そう言えば最後に料理をしたのはいつだったか……。
最近は朝食すらまともにとってなかった気がする。いや、取ってなかった。
ガキがその辺うろちょろしてるのを脇目に一人暮らし用の小さい冷蔵庫を開ける。
中には薄いハムと卵が二つ、マーガリンとお茶と……まあ、そんなものしかなかった。
米すらないとはこれいかに。
とりあえず食えそうなハムと卵持って絶望してれば、ガキが服の裾を引っ張った。


「セージ、パン!」

「でかした」


そう言ってガキが両手に抱え上げていたのは、薄切りの食パンだった。
この絶望的な状況の中、有り触れたそのパンはとてもありがたいものに見える。
食パンを発掘したガキの頭を数度撫で回す。
手を離せば、ガキはなんとも幸せそうに笑っていた。
撫でられた頭を押さえて頬を赤くして笑う姿に、何となく居たたまれなくなる。
見なかったことにして、とりあえず食パンを二枚トーストすることにする。
オーブントースターに食パンを突っ込んで、ついでにフライパンを発掘して油を引く。
火にかけてフライパンが温まるのをぼうっと待っていれば、再度ガキに裾を引かれた。


「今度は何だ」

「セージ、なまえほしい」


何つったこのガキ。
思わず片手に握った貴重な食料を握りつぶすところだった。
あ、この貴重な食料は卵のことな。
とりあえずめんどくさいので目玉焼きにすることにした。
いや、それよりも名前?いやいや、勘弁してくれ。
思わず表情が引きつれば、ガキは首を傾げた。


「セージもあの黒いのもなまえあるのにわたしにはない、ほしい」

「黒いのってのはノアか」

「うん」


ノアめ。あいつ黒いの扱いか。
笑えるがそれどころじゃない気がする。
やめろ、そんな期待した目で見るな。俺はそんな責任でかいこと背負いたくない。
充分温まったフライパンに卵を二つ割って落とす。
じゅうじゅうと音を立てるそれをぼうっと見つめた。
ああ、もう考えんのめんどくさいな。


「じゃあシロな、髪が白いから」

「やだー!そんなペットみたいなのー!」

「じゃあ思いつかない」

「むっ」


目玉焼きを蒸すために蓋を被せて少し待つ。
ぱちぱち音がするのを横目に、良い感じに焼けたパンをトースターから取り出した。
さっとマーガリンを塗って、ハムを載せておく。
その仮定を、ガキはじっと見つめていた。
さっきまでのむくれ顔はいったいどこいったんだ。
蒸し終わった半熟の目玉焼きをハムが乗った食パンの上に載せて完成。
簡単だが、この残り物で作ったんなら上出来だろう。
ガキにはパンを持たせて、俺はグラス二つとお茶を持ってテーブルへ運ぶ。
昨日適当に散らかされたテーブルにそれを置くと、ガキは待ちきれないと言うように目を輝かせた。
きゅう、と小さく腹の音が鳴った。


「食って良いぞ」

「いただきます!」


まるで待てをさせているようで、軽く笑って許可してやれば、まるでしっぽ振るみたいに嬉しそうにパンに噛みついた。
半熟の目玉焼きの黄身に苦戦しているようだが、とても嬉しそうだ。
そんなに腹が空いてたのか。
肘を突いて俺もパンにかじりつけば、口の周りを黄身でべたべたにしたガキに行儀が悪いと注意された。
よく見れば、長めの髪の毛に黄身が着いている。
仕方なく、ガキからパンを取り上げて髪の毛を拭ってやる。


「そんな恨めしそうな顔すんな、ちょっとだけ待ってろ」


確かテーブルの上に放って置いたであろう、目的の物を探す。
すぐに見つかったそれを持ってガキの後ろに回り込んで髪を持ち上げる。
さらさらしてるそれを手櫛で数度整えて、邪魔にならないように上で結わえた。
我ながら上手く出来たポニーテールに満足してれば、ガキは不思議そうに何度か顔を揺らした。
顔の動きに着いてくる髪の毛の束が気に入ったのか。何度も繰り返している。


「生成色って感じだな」

「?」


さっき髪の毛を見て思った。
真っ白と言うよりは、自然な、素材本来の色。


「名前、キナリでどうだ」

「!!」


まあ、今回も色から取ったものなんだが。
それはもう嬉しそうに顔を輝かせるもんだから。
仕方ないかと思ってしまったんだ、きっと。


「ほら、早く食わないと俺がお前の分も食っちまうぞ」

「あ、だめー!」


冗談でキナリの皿に手を伸ばせば、固まってたのが嘘のように動き出した。
食い意地張りすぎだろ。

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