造花 | ナノ

わんわん


結局、ノアの奴は俺にガキを押しつけてさっさと帰っていった。
いや、押しつけてってのも何かおかしいか。あいつは完全なる部外者だ。
どうにもならないが、とりあえず一つため息を吐き出しておく。
そうすれば白い髪のガキは不安そうにこっちを見上げていた。


「おこってる?」

「あー……いや、お前にじゃない」


射抜くようにじいっとこちらを見上げてくる黒い瞳に、再度ため息が出かかる。
それを無理矢理押し込んで、元々ぼさぼさだった髪を掻き回した。
とりあえず、そうだな。こいつには風呂に入って貰おう。
泥だらけだし。髪ばさばさだし。土足だし。
とりあえず靴脱がせるために一言断り入れてからガキを抱き上げる。
今度は一つも抵抗せず、まるで借りてきたエネコみたいに大人しく抱え上げられていた。
ガキを小脇に抱えて、まずは玄関に靴を置く。
俺の靴の横に、一回りも二回りもちっこい靴が並んだ。
次に風呂場に連れてってガキを降ろす。
ガキはでっかい瞳をぱちぱちと瞬かせて俺を見上げた。


「とりあえず、風呂に入れ」

「ふろ?」

「風呂、分かるだろ?」


俺の言葉を繰り返して首を傾げたガキは、何度かふろとその口の中で呟く。
そして、納得したのか一度強く縦に頷いた。
よし、風呂は分かるんだな。
風呂はちょうど俺が寝る前に入ろうと思ってたから沸いてるはず。
蓋開けて覗けばばっちり湯が張られていた。よし、完璧。
ああ、とりあえず蓋だけは開けておいておくか。こいつじゃ届かないだろ。


「お前、髪の毛ぼさぼさだし、服もどろどろだからな
風呂入ってその汚れ落としてこい」

「セージは?」

「俺?」


風呂の縁に引っかけるようにして湯船に蓋をしていた板を端に寄せておく。
まあ、ぶつかったりしないかぎり倒れてはこないだろう。
ガキに風呂に入れと言えば、返ってきたのはよく分からない問い。
俺は、ってどういうことだ。


「セージは、入らない?」

「俺はまだ仕事があるから入らない」


嘘だ。
今日はもう色々疲れたから仕事なんてやる気はない。
でも、これからこいつがずっと家にいるんだろう?
風呂くらい一人にして欲しいんだよ俺は。
今まで一人の空間に突然割り込んできたこのガキに、俺は早くも疲れているらしい。
……これから不安すぎる。
やっぱりノアに……いや、あいつもあいつで不安だ。
早くこいつの帰る場所を探すか、いっそ孤児院にでも預けるか。


「とりあえず着替えは適当に見繕っておいてやるから、さっさと入ってこい」

「……う、ん」


ぎゅうっと自分の服の裾を握ったガキは、小さく小さく頷いた。
それを見届け、俺は足早に風呂場を抜け出す。
いくらガキとはいえ、男に裸は見られたくないだろ。
とりあえず小さくなって着なくなったシャツくらいあるだろ。ノアが勝手に捨ててなければ。
……タンスを漁ることにしよう。
その辺に投げてあるやつは流石にまずいだろう。洗濯してないし。
時期的には長袖のものがいいんだろうが、生憎あのガキのサイズのものはない。
なんなら少しでも袖を引きずる必要のない半袖の方がいいだろう。
あ、でも半袖のものなんて持ってないな。
いいか、どうしても邪魔そうだったら切り落とそう。
とりあえずよさそうなシャツを引っ張り出してみる。
これならあのガキのサイズならワンピースになりそうだな。
そんなこと思いながらシャツを一枚取り出していれば、風呂場からでかい音が聞こえた。
何かが水に落ちるような、効果音つけるとしたらバシャーンとかそんな感じか。
しばらくぼうっとしてた俺だが、バシャバシャと藻掻く音が聞こえて我に返る。
まさか、あのガキ、湯船に落ちたんじゃ。
シャツひっ掴んで了解も取らずに風呂のドアを少々乱暴に開け放つ。
そこにはやっぱり溺れかけているガキがいた。
慌てて少々乱暴に引きずり出せば、ガキはけほけほと咳き込んでいた。


「お前な、危ないだろ、死にたいのか」


普段あんまり走ることはないからか少々息が切れる。
つい、一つ一つ区切るような言い方になってしまったが他意はない。
あ、念力使えばよかったんじゃ。
じっとガキを見ていれば、ガキはふるふると震えていた。


「足、とどかなかったんだもん!」


ぶわっと涙を目尻に溜めながら、ガキはそう叫んだ。
俺に怒られたと思ったのか、いやこれは怖かったのか。
短い手足を振り回して俺に攻撃してきたガキは、とうとうしゃくり上げて泣き出した。
わんわん泣き叫ぶガキを横目に、湯船の底を見る。
ああ、確かに。この身長じゃ湯船に入ろうとすれば頭から落っこちるな。
俺はバカか。


「悪かったな、怖かったか」

「こわかったー!セージのばかー!!」

「ああ、俺はバカだな。悪かった」


そう言えば風呂に置いてく前も不安そうに俺を見ていた気がする。
もう泣いてんだか叫んでんだか分からないようなガキを抱き上げ、背中をさすってやる。
頭から足先までずぶ濡れで、この時期じゃ冷えて風邪を引くだろう。
現にもう冷えてきていた。


「今度はいっしょに入ってやるから、もう泣くな」


白い髪の毛に指を差し込んで撫でる。
濡れている割に指通りよく柔らかいそれを、泣きやむまで撫で続けた。


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