ははのひ
じゃがいも、にんじん、たまねぎ。それぞれ真剣にえらんだお野菜はぜんぶノアがもってるかごの中でころがっている。今日のごはんはカレーかな、それともにくじゃが?そわそわしながらノアを見上げれば、ノアはにっこり笑ってわたしのあたまをなでてくれた。
「ごめんねキナリちゃん。スーパーじゃひまかな?」
「んーん!ノアのおてつだい、たのしいよ!」
「いい子だねえほんとに……そんないい子なキナリちゃんにはおかし買ってあげる」
「ほんと!?やったー!」
こっちこっちとかごを持ってない方のノアの手をひっぱってあるく。はじめてきたスーパーだけども、微かにあまいにおいがする。いくつか分かれ道をとおり越せばちゃんとおかし売り場にたどりついた。
あまいチョコレート、カラフルなグミ、さくさくしてるビスケット。いろいろあって、どれにするかとっても迷う。きょろきょろとたなを上から下まで見渡すと、わたしのだいすきなおかしがそこにあった。
「モモンのキャンディーだー!」
「キナリちゃん、それすきなの?」
「だいすき!」
両手でキャンディーがいっぱい入った袋をもちあげていれば、ノアはくすくす笑ってかごにキャンディーをいれてくれた。たくさんたくさん入ってるから、セージとノアと、シオンとみんなではんぶんこしよう。
ふわふわうれしい気持ちでノアの手をにぎっていれば、ふと目の中にそれがとびこんできた。まっかな包装紙がかかった板チョコには大きくてかわいい字で母の日とかいてある。たしか母は、ははってよむはず。おかあさんのことだった、ような。おかあさんの日って、いったいなんだろう。
「ははのひ……?」
「なーにキナリちゃん。母の日がどうしたの」
「チョコに母の日ってかいてあるの。母の日ってなあに」
つないだ手をぶらぶらゆらして聞いてみれば、ノアはうーんって少しだけかんがえてる。わたしにもわかりやすい言葉を探してる顔だ。
「おかあさん……というか、キナリちゃんにとっては親……?うーん……育ててくれる人……ご飯作ってくれたり、一緒に寝てくれる人にありがとうって言う日……かな」
「ありがとう?」
「そう。その時にプレゼントあげたりおてつだいしてあげるんだよ。あとは、カーネーションとか」
カーネーションは見たことある。セージのおうちにあるご本にお花がいっぱいのってた。赤とかピンクとか、黄色とか。いろんな色の、レースみたいにやわらかそうなお花だ。
母の日。ありがとうって言う日。わたしにも、ありがとうって言いたい人がいる。ふたりも。プレゼントはよくわからないけど、カーネーションならできるかな。セージがつくるみたいにきれいにはできないかもしれないけど。やってみよう。
「むん。がんばる」
「え?何を?」
ぎゅっとてのひらをぐーにして握ったら、ノアに変な顔された。ひみつだからまだ教えない。びっくりさせるの。がんばる。
あったかいひざし。薄ピンクの花びらがひらひら飛んでる中、セージのおうちに駆け込む。いつものんびりノアとお買い物してるわたしが、ノアを置いておうちの中を走ってる様子に、セージが目をまんまるにしてた。
「どうしたキナリ」
「ひみつ!」
「ひみつか」
「ひみつ!ひみつだからセージは見ちゃだめ!」
テーブルの上に色とりどりの折り紙と、カーネーションがかかれたご本を並べる。セージがひょいってのぞいてきたから、あわててかくす。そうすればセージはノアの方に歩いていった。
「どしたのキナリちゃん。買い物の途中からなんかそわそわしてたけど」
「ひみつだからだめだと」
「そっか」
納得したような声をあげたノアは、キッチンでとんとんって音を鳴らしてる。まないたでお野菜を切る音。懐かしくって、うれしくなる。セージは、いつもいるリビングじゃなくて、キッチンにあるテーブルでおしごとしてた。今日もばらをつくってる。きれいだなあ。
ご本とにらめっこして、なるべくほんものに似るように、折り紙を切ったり折ったり。ちょっと変なとこもあるけど、うん、カーネーション。どこからどう見てもカーネーションだ。
一生懸命作ってたら、いつの間にかお空は暗いし、キッチンからカレーのいいにおいがしてる。セージもおかたづけをはじめた。わたすなら、たぶん今。
「セージセージ!」
「なんだなんだ」
「ノア!ノア!」
「どしたのキナリちゃん」
セージとノアを呼べば、ふたりとも動かしてた手を止めてわたしを見ている。ううん、ちょっとほっぺがあつい。でもありがとうって言う日だから。いつも思ってるありがとうを、つたえる日。
「いつもありがとー!おかあさん!」
セージにはオレンジと青、ノアには赤とピンクのカーネーション。ごはんをつくってくれて、いっしょに寝てくれて、わたしにやさしくしてくれる人にありがとうを言う日!
ぱっと笑ってへんてこなカーネーションをわたせば、ふたりともふくざつそうな、でもちょっとうれしそうな顔をしていた。