うきうき
「それでは次のニュースです。先日ここヨスガシティに……」
テレビの中の、アナウンサーさんの声がとおくでしてた。もぞもぞとおふとんの中で動きまわって、いちばん気持ちいいところにもぐりこむ。はふ、と息をついてもういちど目をとじると、とっても気持ちいい。うとうととお船をこいでいると、べしりと頭をはたかれた。びっくりしてかかったおふとんもそのままに飛び起きる。
目の前がまっしろで、わたわたしてるとセージがわたしの頭にかかってるおふとんをもちあげてくれた。おひさまがさして目がしぱしぱする。ぱちぱちとまばたきをして、セージを見上げる。セージはちょっとだけ不機嫌そうだ。たぶんねむいんだ。
「セージ!おはよ!」
「ようやく起きたかねぼすけ」
セージのおっきな手ででこぴんされて、あうっていう声がでた。いつもどおり寝癖でぴょんぴょんしてる髪の毛をかき混ぜて、おっきなあくびをしてる。つられてわたしもあくびが出そうになって、あわてて両手で口をおさえた。また寝ちゃったらだめだもの。
「今日は友達と遊ぶから早く起きるって言ったの誰だったけ」
「あっ!今なんじ!」
「お前が目覚まし時計かけた時間からとっくに三十分は経ってる」
わたしがめざましかけたのはまちあわせの時間の一時間まえだから……えっと、あと三十分しかない!お顔あらって、お洋服きがえて、はみがきして、あとは、そうごはんたべなきゃ!
「ごはんー!」
「っとに食い意地張ったやつだなお前は……」
その前に顔洗ってこいってセージに洗面所を指さされた。白くて丸い点々がついてる鏡の向こうのわたしは、すこし髪の毛がはねている。じゃぐちをひねって流れ出した水を手ですくうととってもつめたかった。がまんしてぱちゃぱちゃと顔をあらってそばにおいたタオルで顔をふいた。ちょっぴりすっきりして、ようやく目がさめたきぶん。
ぱたぱた走ってキッチンにむかえば、セージがこっちに背をむけてなべの中身をくるくる回していた。ほわんといいにおいがして、ぐーっておなかがなる。あわててセージの方を見れば、セージは肩をふるわせてちょっぴりわらってた。お顔がなんだかあつい。
「セージわらわないで!」
「……っふ、分かった分かった。分かったから、そこに置いてある皿に好きなだけ飯よそって待ってろ」
からかってるみたいなセージの声に、なんだかはずかしいような、くやしいような、変なきぶん。上手に言い表せない気持ちをそのままに、炊飯器からいっぱいご飯をよそった。セージの食べる分なんて知らないんだから。
「お前な、そんな食えんのかよ」
「たべれる!」
「分かったっての、そんな拗ねんな」
おなべを左手に持ったセージは、右手にもったおたまで、わたしがよそったごはんの上にシチューをかけた。昨日ののこりのシチュー。ちょっとこげちゃったのか、香ばしいにおいがする。またぐーっておなかがなって、わたしはあわてて手を合わせた。
「いただきます!」
昨日はまだかたくて、たべたくないって言ったにんじんが、今日のはやわらかくなってる。昨日のにんじんはきらいだけど、今日のはとってもおいしい。しゃきしゃきでからかったたまねぎもあまくなってる。じゃがいもはちょっととけちゃってて、シチューがざらざらしてた。
ごはんといっしょにたべてると、すぐおなかいっぱいになっちゃってちょっともったいない。だんだんスプーンをうごきがおそくなってるわたしに、セージはほら見ろといった。
「もう腹いっぱいか?」
「……ん」
「じゃあ寄越せ」
わたしがよそったのに、全部たべれなくて、なんだかきもちがそわそわする。たしか、この時は反省とか申し訳ないってきもちだってノアが言ってた。そのときいう言葉も、いっしょに教えてもらったの。
セージの顔をちゃんと見れなくて、テーブルのはしっこ見つめる。落ち着かなくて、ぎゅっと手をにぎった。
「……セージ、ごめんなさい」
「次から気をつけりゃそれでいい」
わたしが残したシチューを食べながら言ったセージに、こくんと頷く。そうしたらセージがひらひらと手をふった。これは、もう行っていいって合図だ。ゆるしてくれた。
うれしくなって、それからこれから遊ぶシオンのこと思い出して、がたっといすを引いて玄関にかけだした。
「キナリ!歯磨け!!」
わすれてた。
「シオン!!」
いつもどおり、まちからちょっと外れた森の中でシオンとまちあわせした。シオンは足がはやくて、木のぼりがとっても上手。すごいすごいって言ったらそんなことねーよって、ちょっぴりほっぺが赤くなるのがかわいい。でもよく裸足でいるのはたまにふしぎ。いたくないのかな。
ぶんぶん手をふって走れば、シオンは両手を突き出してはしるなって言った。前にわたしが走ってころんだことを気にしてるみたい。その日はどうせ服がよごれてるからって泥遊びしたの、とってもたのしかったのに。
「キナリ、はよ」
「おはよう!シオンはいつもはやいのね!」
「まーな。お前は朝弱そうだよな」
なんでわかるんだろう。シオンには何も言ってないのに。ふしぎに思ってれば、シオンにわたしのかおの右の方を指さされた。ねぐせついてるって。あわててぐいぐいひっぱってみても、がんこなねぐせはなおらなかった。むむ、しつこい。
しくはっくしながら髪の毛を引っ張ってたら、シオンがそれじゃいたいだろって髪の毛をうちがわに巻くようにやさしくなでた。きれいにくるんって巻き直って、かんどうする。シオンはなんでもできてほんとにすごい。なおしてもらった髪の毛にさわってたら、シオンは何かにきづいたみたいに声をあげた。
「あれ?キナリそんな髪飾りつけてたっけ」
「ん?……あ!これ!?これね!昨日セージにもらったの!わたしのたんじょーびプレゼントに!」
もらってからずっとつけてた造花のかみかざりに気づいてもらえて、とってもうれしくなる。うれしくてにこにこ笑顔になる。わたしがもらったってことをいってから、シオンの反応がなくてちょっと心配になれば、シオンはぷるぷるふるえていた。どうしたんだろう。
「おま、お前は!そういうことは早く言えよ!祝えねーじゃん!!」
ぱしーんっていい音がわたしの頭からした。あう、たたかれた。おこってるのかと思ったけど、なんだかちょっとちがうみたい。シオン、わたしのこと、おいわいしてくれるつもりだったのかな。わたし、それだけでとってもうれしいのに。
「あー……くそっ、今これしかねーな……しょうがねーか何もないよりは……」
シオンはなにか、ぶつぶつとつぶやきながら上着やショートパンツのポケットをぱたぱたしている。ふふくそうな顔をして右手で上着のポケットからなにか取り出すと、ずいっとわたしの方へさしだした。なんだろう……いったいどうしたんだろう。
「誕生日おめでと。今これしかねーからこれで勘弁しろよ。来年はもっとちゃんと祝ってやっからさ」
シオンはわたしの右手をしっかりつかむと、ころんとちいさなものをおとした。ピンクの包装紙に包まれたかわいいおかし。モモンのみの味のキャンディーだ。はじめてシオンがくれたかわいいプレゼントに、うれしくなってキャンディーをにぎりしめる。どうしよう、もったいなくてたべれないかもしれない。
「ありがとうシオン!」
「どーいたしまして」
お礼を言えば、シオンはいつもみたいにちょっと目をそらして、なんでもないような口調で言葉をかえしてくれた。でもわたし知ってるの。このときのシオンはちょっぴりてれてるって。
うれしい、うれしいなあ。もらったキャンディーは大事にスカートのポケットにしまった。落とさないようにしなきゃ。
今日は何して遊ぶのかな。追いかけっこかな。かくれんぼかな。シオンはどれも上手だから、どれもたのしそう。あ、でも、家でるまえにセージ言ってたむずかしい言葉の意味、聞こうかな。
「あのね、セージがね、ふしんしゃが出るから気をつけろっていうの。ふしんしゃってなあに?」
こう聞いたら、シオンは顔色をかえて、しんけんな顔でずっとおはなししてた。シオンのおはなし、たのしいけど、すこしむずかしい。はげとかばかとかろりこんとかしらがってなんのことだろう。また今度聞いてみよう。