むずむず
ノアが持ってきた荷物の中身は、やはりキナリの洋服で満たされていた。
一枚一枚、丁寧に取り出して歓声を上げるキナリを、ノアはそれはもう嬉しそうに眺めていた。
その服がどうもフリルやレースたっぷりの少女趣味なのは、まあ目を瞑ろう。
その内キナリにも好き嫌いくらいできるだろ。
……どうも与えられるものそのまま身につけるような気がするのは、気のせいだろうか。
「はいセージ、これ持って」
「何だこれ」
キナリを眺めながらも、きちんと手だけは動いていたのか。
ノアは出来上がったそれを、俺の手に乗せた。
白い、大きなきれいな皿に乗ったそれ。
家にこんな皿あったかと首を捻り、思い当たらなかったので埋もれていたかノアが持ってきたのだろうとあたりをつける。
皿に乗っていたのは、白い生クリームと赤い苺がたっぷりとデコレーションされたホールケーキだ。
ショートケーキというやつか。
キッチンに作業した後が残っているから、一目でこいつの手作りだと分かる。
「ケーキ、見たら分かるだろ?」
「俺が聞きたいのはなんだってこんな誕生日ケーキみたいなのが今日の昼ご飯に出てくるかってことなんだけどな」
空きっ腹にケーキか……割と胃に来そうだ。
まさかこいつの嫌がらせとかじゃないだろうな……。
あり得なくはないところが、地味に嫌だな。
俺がケーキを見ながら思考していれば、ノアはぱちりと一つ瞬きを落とした。
「え?何、お前気づいてないの?」
「何を」
「今日お前の誕生日じゃん」
そうだっただろうか。
思わずリビングにあるカレンダーを見て見るも、カレンダーは先々月で止まっていた。
あ、あれめんどくさくて結局めくらずに置いておいたやつだ。
俺のそんな心情が手に取るように分かったのか、ノアは呆れたようにため息を吐いた。
とりあえず心の中で理不尽なこと言ったのは謝っておこう。悪かった。
「ま、お前が忘れてたんならこれはキナリちゃんの歓迎会に使うからいいけどさ」
「拗ねるなよ、いい年して」
「分かった、パイ投げに使おうか」
つんとそっぽを向いたノアだったが、俺の言葉に満面の笑顔を浮かべた。
だから分かりやすいんだよお前。根性曲がってるくせに。
割と本気で俺の腕をぎりぎりと掴むノアに対抗していれば、遊んでると勘違いしたキナリがやってきた。
すん、と分かりやすく鼻を鳴らして小首を傾げる。
「あまいにおい、おいしそう!」
そして、ぱっと花開くように笑った。
ほんとにこいつは食い物のことになると敏感だな。
ぐいぐいと俺の服の裾を引っ張って主張してくる。
そんなキナリの頭を数度撫で落ち着かせてから、ケーキをテーブルに運ぶ。
置かれたケーキを指で突こうとしてたから慌てて止めた。
「お前、ケーキ知らないのか」
「けーき?おいしいの?」
そうか、ケーキは知らなかったか。
そう言えばケーキみたいな甘いもの、こいつに食わせたことなかった。
少なくとも俺は。
後ろでなんか俺を責めるような視線を感じるが、今は無視だ無視。
ケーキを載せている皿とは別に小さめの皿と、ケーキナイフとフォークを持って来る。
少し目を離した隙に、ノアはキナリを膝の上に乗せて頭を撫でていた。
……楽しそうだな、あいつ。
「今日はね、セージの誕生日なんだよね」
「たんじょうび?」
「そ、セージが生まれた日。今日でセージは一歳年を取ったんだよ」
この年になると、誕生日なんて嬉しくもなんともないんだけどな。
だがこうして、曲がりなりにも祝われると、むず痒くなる気がする。
絶対ノアには言わないけど。
その後ノアはいったいどんな説明をしたのか、キナリは目を輝かせて誕生日が欲しいと言い出した。
欲しいってことはないのか知らないのか……。俺が決めろと言うことか。
「セージ誕生日!」
「はいはい、その内な」
「その内っていつー?」
ゆさゆさと腕を揺さぶってくるから、ケーキの切り分けはノアに丸投げした。
ノアはケーキに包丁を当てながら、首を傾げている。
切り分けにでも悩んでるのか。
さっきまで俺の腕を掴んでいたキナリは、ノアの所作を食い入るように見つめていた。
ほんとにこいつは興味の対象がころころ変わるやつだな。
「うーん……三等分って難しいね」
「……四等分でいいだろ。キナリが二つな」
俺がそう言えば、キナリはぱっと顔をあげてこっちを見た。
きらきらと光る黒い双眸がじっと見上げてくる。
「ふたつ!?ふたつたべていいの!?」
「いいけど一個は明日な、腹壊すし太るぞ」
「あはは、もう立派にお父さんやってんねー」
正論を述べればキナリにはむくれられ、ノアには笑われた。
なんなんだお前らは。
切り分けたケーキを目の前におかれたので、遠慮無く口に運ぶ。
すっきりとした甘さとふわふわのスポンジに、流石ノアだと思った。
「その調子で今度はキナリちゃんと遊んであげな。今日すっごい暇そうにしてたから」
最後の一言にぐっと押し黙った。