嘲笑 | ナノ

(笑納して頂ければ幸いです)


氷の雨が降っていた。

寒くて寒くて仕方がない。
ちらちらと降り積もる淡いものも、地面に敷き詰められた固いそれも、少しずつわたしを凍らせていく。
氷タイプのわたしが、雪に負けるなんてことはありはしないのだけれど。
ただ、そうただ心が冷たく死んでいくのが分かる。


『死んでる?』


そんなわたしはある日、半ば埋まるようにそこに倒れている生き物を発見した。
黒い毛並みの、痩せっぽちで傷だらけの、生き物。
後にわたしはそれを人間だと知るのだけれど、そのときのわたしにはそれが何かを理解することは出来なかった。
ただその痩せ細った何かはわたしの声に反応して、うっすらとその瞳を開いた。
ズバットの羽よりも淡い、きれいな紫色だった。


「……なあに、きみも一人なの?」


ふ、と口元を和らげて笑みを浮かべたその瞳は、ぞっとする程冷たかった。
まるでわたしの心のように、いやそれよりも冷たく。
幼子に問いかけるような口調で、今にも殺されそうな響きを持って。
実際、今までぴくりとも動かなかったこの目の前の生き物は、わたしの口元へ手を伸ばして強く下顎をとらえた。
そのまま砕かれそうになる痛みに叫び声が空気となって漏れる。
いったいこの弱った生き物のどこにそんな力があるのか。
初めて感じる死の恐怖に、実際顎を砕かれて死ぬなんてことはないのだけれども、わたしは情けなく震えて涙を流した。

うっそりとした暗い笑みを浮かべた生き物は、そんなわたしを見ると、わたしの顎を掴んでいた手を力無く地面に落とした。
体力の限界だったのだろうか。
わたしの唾液にまみれた手が冷えて固まっていく。


「何で、俺から逃げないの、お前」


よく見たら薄着のその生き物は、酷く震えていた。
それこそわたしの比ではないほどに。
唇が青紫色になっていたから、きっと寒さのせいなのだろうけれども。
そっとその人に擦り寄れば、その人は震える唇を釣り上げて笑みを浮かべた。
まるで嘲るようなその笑みが酷く心地よく感じるのは、長い間一人でいたからなのだろうか。
今は冷え切ったその体温が酷く落ち着く。


「おいで」

『……え、』

「おいで、おれが飼ってあげる」


きっとこの人にとって私は駒のようなものなのだろうけれど。
それでも、何も写さないその紫に惹かれてしまったから。
これが後にわたしを狂わせるのだけれども。
愛おしいと思ってしまったのだ。この狂った男を。


「名前がないと不便だからね、きみはこれから氷雨ね」


ひさめ。
空を見上げたその人は、そう歌うように告げた。
ひさめ、ヒサメ、氷雨。
わたしの、わたしだけの名前。
込み上げる思いの名を、わたしは歓喜と名付けよう。


「冷たい、刺すような雨
おれの敵を葬り捨ててね、おれのヒメちゃん」


傷だらけの彼は、そう笑ってわたしを受け入れた。

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