嘲笑 | ナノ

朗々と、笑む


にっこりと温かい笑みを浮かべたあの人は、瞳だけが鋭く光っていた。

ゲーチスと名乗った、大柄な男の演説に初めは興味半分で話を聞いていた通りすがりのトレーナー達は戸惑ったように口々に声をあげた。
たった一人の言葉でこれだけの人の心を波立たせることが出来るなんて、ある種の才能を感じざるを得ない。
意味深な言葉で演説を締めくくったゲーチスは、妙な恰好をした数人の男女を引き連れて去っていった。
何だか考え込むように俯くトウヤに気にすることはないと僕が言えば、トウヤのミジュマルも同意するように彼に擦り寄り鳴き声をあげた。
仲良く戯れる一人と一匹の姿を見れば、あの男の主張もおかしいと誰もが思うだろう。
気にすることはない。トレーナーとポケモンは助け合っている。


「キミのポケモン、今話していたよね」


そんな当たり前のことを確認していれば、何だか随分と早口の男に話しかけられた。
いや、話しかけられたのはトウヤの方だけれど。
僕達よりも背の高い男の顔を見上げれば、さっきのゲーチスと同じ色の髪の毛が黒い帽子から跳ねていた。
帽子の鍔のせいか、男の瞳に光がないように見えた。
男は何だかよく分からないことを早口で捲し立てると、トウヤにバトルを仕掛けた。
トウヤのミジュマルと男のチョロネコがさっきまでゲーチスが演説していた広場でバトルを繰り広げる。
何度かの技の応酬の後、その場に立っていたのはトウヤのミジュマルだった。
嬉しそうに喜び合うトウヤ達に、男は自身の名前と目的を告げてサンヨウシティの方へ去っていった。
最初から最後までおかしな奴だと男……Nの背を見ていれば、背後からパチパチと手を叩く音が聞こえた。
トウヤと揃って音の方を振り返れば、そこには栗色の痛んだ髪をした男の人が笑みを浮かべて拍手をしていた。
瞳は焦げ茶色だったが、何だか不自然に見えた。
男性の肩には寄り添うように、ユキメノコがふよふよと浮いている。


「さっきのバトル見てたよ、すごいね
ミジュマルとも息ぴったりだ」

「あ、ありがとうございます!」


にこりと爽やかな笑みを浮かべた男性に、褒められたトウヤは素直に喜んだ。
男性のユキメノコも同意するようににこにこと笑みを浮かべる。
ただ、その笑みがどこか空々しく感じるのは僕の気のせいだろうか。
違和感のない、きれいすぎる笑みに、違和感が沸く。


「何かな?」

「な、何でもないです」


あまりにじっと見過ぎていたのか。
男性は首を傾げ、困ったように笑みを浮かべた。
慌てて首を横に振れば、男性は特に気にした様子もなくまた笑みを浮かべた。
やっぱり、考えすぎなんだろうか。


「きみ達はさっきの、どう思う?」

「演説ですか?俺はちょっとおかしいんじゃないかなって思いました」

「僕もです」


僕とトウヤがすぐにそう答えれば、彼はほっとしたように笑みを浮かべた。
その表情が、何だかさっきのトウヤに似ている気がした。
ポケモンの解放を迷っていた時の、トウヤに。


「そっか、そうだよね……うん、おれもそう思うよ」


彼もあの演説に、少しだけ悩んだのだろうか。
愛しそうにユキメノコの頭を指先で撫でる彼に、ユキメノコは嬉しそうに擦り寄った。
ああ、この人もポケモンが好きなんだと一目で分かる光景だった。


「あの、俺トウヤって言います。こっちは幼なじみのチェレンです
あなたは……?」


トウヤが勝手に僕の名前を彼に教えた。
……けど、まあいいか。
この人だったら、別に。構わないだろう。
彼は突然の僕達の自己紹介にきょとんとした顔をした後、ふわりと顔を綻ばせる。


「おれ?おれはね、シンだよ」


そう言って、彼は朗らかな笑みを浮かべた。

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