艶やかに、笑う
暗い暗い路地裏で、今日もわたくしは彼のために待ち伏せる。
こつこつと余裕のある足取りで獲物を追いつめる楽しげな微笑み。
彼の足下では仲間のヘルガー……サヨが唸り声の代わりに牙を剥き出しにして威嚇していた。
大通りから漏れ出る街灯の光に反射する金色の髪は、やっぱり痛んでいた。
彼が威嚇するサヨの頭に手を滑らせる。
なんて羨ましい。
「もういいの?おにごっこ」
まるで本当に、幼子が行う鬼事の鬼のように無邪気に尋ねる彼に獲物の表情が醜く歪んだ。
恐怖、焦燥、緊張、そして憎悪。
ああ、そんな醜い顔を彼に向けないで。汚らわしい。
それだと言うのに、彼はそれすらも愉快だと言うように笑む。
……それでは何も言えないわ。
「な、なんだ!何なんだお前は!!俺が何をしたって言うんだ!!」
「さあ?おれはただ頼まれただけだからねーきみが何やらかしたのかは知らなーい」
唾を吐き散らかし、醜い濁声をあげるこの男。
けらけらと楽しげに笑い声をあげる彼は小首を傾げて、まるで慈しむかのように目の前の獲物を見つめた。
その表情に男は音を立てて後ずさる。
どうして?彼にあんな顔を向けてもらって……嗚呼、忌々しい。
「そういう訳で、さ?そろそろ死んでくれる?」
「ひっ、ぎゃっ!?」
大声で濁声の悲鳴をあげようとした獲物は、その途中でまるで潰された蛙のような声をあげた。
その後は必死に口を開いたり閉じたりを繰り返している。
混乱の境地にある男に、彼はにっこりと笑みを向けた。
「ごめんね?あんまり騒がれるとこっちも困るからさー……のど、潰しちゃった」
「っか……は、……!!」
大きく開いた口から漏れるのはひゅーひゅーとした息の音だけ。
ふふふ……さっきより随分とましになったわ。
彼の後ろでふわふわと浮かぶオーベム……ナキがにやにやと楽しげに笑みを浮かべる。
時々ナキが自身の手を締めると、あの男も苦しそうに顔を歪めた。
気道をあの性悪に握られるなんて、なんて可哀想なのかしら。
こんなに愉快なことはないわ!!
「さてと、じゃあせめて彼が苦しまないようにしてあげようか……サヨ」
ふわっと笑みを浮かべた彼は、サヨの頭に乗せていた手をゆっくりと引いた。
それと同時に駆けだし、その鋭い牙を向けるサヨから命からがら逃げる男。
足を縺れさせながら彼の横を走り抜け、逃げようとしている。
「あらま……逃げられちゃった」
サヨがすぐさま方向転換をして逃げる男を追いかける。
わたくしは、そっと音もなく、その男の前へと躍り出た。
「……っ!?」
『逃げることは許しませんことよ……?』
そして、冷たく激しい“ふぶき”を。
この男の足めがけて攻撃した。
激痛に悲鳴をあげることも出来ず、凍った足を抱きかかえ蹲る獲物に、今度はサヨの灼熱の炎が襲った。
悲鳴もなくただ燃え爛れ、そして炭へと成っていく男だったものを、わたくしはただ見ていた。
「ヒメちゃんナイスー!助かったよ」
じっとその黒い固まりを見ていれば、彼の柔らかい声がわたくしに降りかかった。
顔をあげて、ぱっと体を光らせる。
擬人化の姿をすれば、彼は笑みを深めてわたくしを見つめた。
「いいえ、お怪我はありませんか?シン」
「ないよ?ヒメちゃんは?」
「ありませんわ」
そう答えれば、彼はそうと言って嬉しそうに笑ってくれた。
嗚呼うれしい。うれしい。
彼がわたくしを心配して、声をかけてくれて、笑ってくれた!
しあわせな気持ちになって彼を見つめていれば、その空気を切り裂くように電話のコール音が鳴り響いた。
「お、電話だー」
彼は五つある電話の中から喧しく鳴り響く電話を取り出すと、通話ボタンを押す。
それを耳に当てると、嬉しそうに声をあげた。
「もしもーし!どうかしたのかなー?」
あの電話は、たしかあの男しか登録していなかったはず。
ということは、先日の返事が来たのだろうか。
終始笑顔の彼の表情と声音からでは、何を話しているのか伺うことは出来ない。
そうこうしている間に電話は終わってしまった。
「髪、また染めようかなー」
「またですの?」
「そうそうー目立たないようにね!今度は茶色がいいなーおれ」
「分かりましたわ!後でカラーリング剤を買ってきますわね!」
金色できれいに染め上げた髪を、今度は茶色に染めるらしい。
意気込んで言えば、彼はよろしくね、と言って手の中の電話を弄んだ。
「あっはは……これから楽しみだな」
そう言って、彼は艶やかな笑みで自身の唇を舐め上げた。