嘲笑 | ナノ

(笑覧するあなたはそれすらも嘘の姿)


ある、狭い宵のことだった。

その日は曇りで、空がずっと狭かった。
喉が熱くて仕方がない。息が苦しい。
どくりどくりと脈打つたびに苦しくて、息をしても漏れるのはひゅーひゅーとした音だけ。
この間の任務で粗相をした俺への躾をした人は、今ここにはいない。
電話をしているのだろうか。
部屋の外で誰かと苛立たしげに話すご主人様の声が聞こえる。
口の端を、空気に触れて黒ずんだ血が撫でた。
舐め上げる。
鉄臭くておいしくない。
自分のだからだろうか。あまくない。


「何してんだ犬」


おいしくないしあまくないけれど、酷く喉が渇いていたから舐め続ける。
そうすれば、いつの間にか部屋に戻っていたのか、ご主人様が俺の背を蹴り上げた。
くっついていない骨が擦れる音がナカで響く。
呻く声は出なかった。
出せなくなった。
牙の間からこぼれ落ちる液体を吐き出す。
酸が喉を焼いてひりりと痛んだ。


「面倒事ばかり押しつけやがって、犬ごときがふざけんなよ」


踏みつぶされかねない強さで体を地面に押さえつけられ、角が床と摩擦音をたてた。
肺に酸素が回らなくて、みっともなく口を開いて喘ぐ。
視界が白く染まって行く。
ふわりと体が浮くような、錯覚がした。




「うーわーボロボロだねえ……きみ生きてるー?」


俺が次に意識を浮上させたのは、空が白み始めた頃だった。
間延びした、緩い聞いたことのない声と共に体を揺さぶられる。
鈍く鋭い痛みに声をあげたいが、出せない。
仕方なく、ギシギシと音を立てる顔を動かして非常識なことをしでかしている人の顔を見上げた。
そこにあったのは、淡い藤色の双眸。
痛んだ灰色の髪がさらさらと風に揺れていた。


「きみやりすぎじゃないー?このこ死にかけてるじゃん」

「うるせえ黙れ」


低い声が軋む体に響いた。
目の前の男に気を取られていて、ご主人様がいるのに全く気が付かなかった。
こんなことじゃあ、また蹴り飛ばされてしまう。
意図せず震える体を、目の前の藤色の目の男が撫でて諫めた。


「あはは、頼み事する人の態度とは思えないね」

「取引の間違いだろ、死ね」


ご主人様の鋭い眼光を受けても、男はクスクスと笑い声を上げるだけ。
その肩にあのオーベムがいて、俺は目を見開いた。
男の足下にはユキメノコ。くらりと目眩がした。
じっとりと俺を見下げる三対の目が、痛い。
その内の一つが、ゆっくりと眦を下げて笑みを浮かべた。


「きみに恩を売るのも悪くないよね……いいよ、このこ引き取ってあげる」

「……チッ」


そうか、吼えられない犬は使えないから。
ご主人様は不始末を外にやって片づける気なのか。
俺の新しいご主人様は、この人。になるのか。
ぼんやりと新しいご主人様を見上げていれば、彼はゆっくりと貼り付けたような笑みを見せた。


「きみはこれから狭宵ね」


サヨイ。狭い宵。
笑って俺を見る彼に、俺はもう逃げられないことを悟った。

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